第73話 アルビナスという男
巨大な百足が蛇の如くとぐろを巻き、タワーのように帝都の街にそびえ立つ。その頂上で老婆の顔は動けなくなったマグリナを見下ろしていた。
「ヒヒッ! アナタモココデ終ワリノヨウデスネェ!」
「……」
ルイゼラは彼女へ止めを刺すために体をゆっくりと移動させ始める。自分の因縁の相手である憎きマグリナをようやく殺せる歓喜に、老婆の表情はいやらしく歪んでいた。
「スゥゥゥ……」
口が大きく開き、再度咆哮を放つ準備に入った。衝撃波の照準を目の前に横たわる女に合わせ、体内部の器官に空気を圧縮していく。
マグリナはその光景を薄目を開きながら眺めていた。
体が重く、もう手足は動かない。今度こそルイゼラの攻撃から逃れることはできないだろう。彼女はこのまま死を待つだけであった。
そのとき――
「マグリナ様ァァァッ!」
マグリナの右耳にアルビナスの声が届く。
「アアアアアッ! 何ナンデスカ、アナタハァァァッ!」
ルイゼラは咆哮を中断し、自身の背中へ目を向けた。
蛇女百足の背中に巨大な金属の塊が張り付いている。アルビナスの声はそこから発せられているようだ。
それは間違いなく
「な……何をやってるんだ、アルビナス」
「ワタクシの最期の仕事です、マグリナ様」
アルビナスは戦車に搭載されている拡声器でマグリナへ語り掛ける。彼は主を守るため、決死の覚悟で
「ワタクシはあなたの幼少期からずっと仕え続けていました。でもそれは本来、あなたの望んだことではなかったはずです」
「こんなときに何を言ってるんだ、お前は」
「マグリナ様は本当のところ、裏表のない誠実な政治家になりたかったのでしょう?」
アルビナスは昔のマグリナをよく知っている。ずっと政治家の父親に憧れ、自身も立派な政治化を志して努力に励んでいた日々を。
だが彼女は裏で父親が暗殺部隊を使って行っていた悪事を知り、その辛さに心を閉ざしてしまうことになる。さらにはメイドとの隠し子であるエルシィの存在も知り、尊敬していた父親は完全に崩れ去った。部屋の隅に篭り泣いていた彼女を、今でもアルビナスは鮮明に覚えている。
「しかし父親から
「それがこんなときにどうしたと言うんだ!」
「
アルビナスはそう言うと、
「この距離ならコイツに致命傷を与えることができるでしょう」
「な、何をする気だ! その距離で爆発させたら、お前も……!」
「ワタクシがこれで消えれば、あなたの抱える暗殺部隊は全員消えることになります。あなたを縛る鎖は解け、父親の真似事をする必要はなくなるのです!」
このときアルビナスの脳裏には、汚れを知らない純粋無垢な少女時代のマグリナの姿が映っていた。小さなドレスを着て、立派な政治家になろうと必死に書物を読みふけっている。時折見せる笑顔を守りたくて彼女へ仕えたのに、それが彼女を歪ませてしまうことになるなんて。
それでも自分はマグリナに仕え続けた。彼女が幸せになることを祈りながら。
自分はあの笑顔に、一目惚れしていたのだ。
「ワタクシは一人の男として、マグリナ様を愛しています!」
「お前……」
「もしあなたが生き残れたら、そのときはかつての夢を追い求めてください!」
そして彼は、魔導砲の発射装置のレバーを押し込んだ。
「マグリナ様に、栄光あれェェェッ!」
ドォォオオオオオオオオオン!
強大な魔力を帯びた砲弾はルイゼラの甲殻内部へ撃ち込まれ、大規模な爆発を引き起こした。ルイゼラが纏っていた甲殻はバラバラに砕け、爆風によって四散する。体に開いた穴から爆発の光が漏れ、熱によって体組織が蒸発していった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ! マダダ! マダ終ワラナ――!」
ルイゼラが光球に包まれて消えていく。体の大部分が灰となり、黒かった甲殻は白に染まった。
アルビナスの乗っていた
「アルビナス……」
マグリナから彼の姿は見えない。視界に映るのは真っ白な光だけ。
彼女は爆風に飲み込まれながらも、懸命に爆心地に向かって手を伸ばす。
「私は……私は……!」
視界は光で潰れ、右耳も爆音で鼓膜が破れた。
何も見えない。
何も聞こえない。
爆発の衝撃にマグリナのいる建造物が崩壊すると同時に、彼女の意識も崩れるように消えていった。
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