第71話 ルイゼラという破壊者

「アァァアアアアアアアアアアアアアッ!」


 巨大百足の繰り出す咆哮のような衝撃波が、帝都の街を粉砕していく。建造物は瓦礫と化し、大通りのレンガは剥がれて地表が露出する。逃げ遅れた人々も咆哮に巻き込まれ、その命を散らしていった。皮膚が破け、内臓が飛び散り、骨は一本残らず粉々になる。巨大な魔蟲種アラクニド蛇女百足ラミアピードが通った場所は、原形を留めない人の死体が地面を覆い隠していた。飛び散った大量の血液が混じり合い、百足の足元を赤く塗らす。


「クソが……あのまま帝都の中心に向かうつもりか?」


 マグリナは民家の屋上から、敵の動きを観察していた。


 あの巨躯が向かう先には、多くの市民が避難する施設が集まっている。

 そして、皇族の住まう皇居もあった。

 先ほどから敵の動きを観察していると、ヤツは人が多く逃げている場所を狙って攻撃を仕掛けているようにも見える。直線的に中心地へ向かわず、人ごみを咆哮で吹き飛ばしてから徐々に詰め寄っているようだ。そのせいで、被害がより拡大している。今回の襲撃が夜中ということもあり、この騒ぎに気付けないまま死んでいった人間もいるはず。


「チッ、好き勝手やりやがって」


 ヤツは確実に帝都を完全に破壊するつもりだ。

 そんなことはさせない。


 自分の幸せを犠牲にして奉仕してきたこの国を破壊されてなるものか。帝国が消えれば、私の人生が消えるのと同義だ。もしそうなったとき、自分には何が残るのだろう。それを考えるのが恐かった。


 マグリナは屋根を飛び移り、あの百足が暴れている方角へ走り出す。

 蝿の王ベルゼブブよりも、あちらの方が被害が甚大だ。万が一蝿の王が皇居に辿り着いたとしても、あそこには腕の立つ騎士が何人も皇帝の護衛を務めており、彼らなら討伐可能かもしれない。それにいざとなれば皇帝も自力で帝都から逃げ出すために脱出用の地下遺跡を使うはずだ。だが、あの百足が相手では話が変わってくる。あの咆哮の威力では皇居ごと騎士団も吹き飛ばす。ヤツをどうにかしなければ、帝国は再起不能な状態にまで陥るだろう。


 マグリナは得物である刀を握り締め、魔力を注ぎ込んで身体能力を向上させた。次々と屋根を飛び越え、人ならざる速度で現場へ急行する。

 百足へ近づくにつれて、戦場の様子も判明してきた。


「キャアアアッ!」

「こっちにも化け物が……ぐはぁっ!」

「キュオオオオオッ!」


 ヤツが防壁に開けた侵入口から、大量の小鬼蟲ゴブリンセクトが入り込んでいた。小鬼蟲騎士ナイトは逃げ戸惑う市民を槍や剣で次々と惨殺し、戦車ルークは上空からの光球で市民を吹き飛ばす。女王クイーンは建造物を怪力で崩壊させ、市民から逃げ場を奪う。


 それに対し、帝国軍は何もしていなかったわけではない。


「行きなさい、ゴーレム!」


 街道のあちこちでは都市防衛用のゴーレム数体が小鬼蟲部隊と戦闘を繰り広げていた。金属部品で頑丈に作られた巨人、帝国の紋章エンブレムがペイントされた無人兵器である。防壁から脱出したユゥリナ・フランデ少佐が起動させて街に放ったのだ。

 ゴーレムから繰り出される重いパンチが小鬼蟲騎士の体を地面に叩き潰す。彼らは雑魚魔蟲種相手にはそれなりの成果を上げていた。

 しかし、あまり戦況は変わらない。都市の防衛装置が正常に機能しているのが幸いだが、戦力差は圧倒的にこちらが不利だ。結界は破壊されたし、ゴーレムも五体がかりでようやく女王クイーンを止めるほどの強さしかない。


「これじゃあ、焼け石に水だな」


 マグリナは街を駆けながら、横目で様子を見ていた。


 ゴーレムたちはあの百足にも立ち向かっていったが、咆哮に一蹴される。遠くへ吹き飛ばされ、瓦礫の山へと放り込まれた。部品がガシャリと音を立ててバラバラに砕け、その活動が強制的に停止する。鉄の塊による強靭な拳も、百足の黒い甲殻には傷一つ作らない。


 マグリナは百足上半身の背後から忍び寄ると、刀を大きく振りかざして屋上から飛び立った。


「うらあああああああっ!」


 渾身の一振りが百足の背中へ命中する。強い衝撃波が発生し、彼女の腕にビリビリとした反動が走った。


「あれだけ魔力を使ってもこの程度か……!」


 自分の魔力を大量に注ぎ込んだ一撃にも関わらず、甲殻には浅いひびしか入っていない。百足の顔はゆっくりとマグリナへ振り向き、巨大な紅い眼球が彼女の姿を捉える。甲殻によって形成されたその顔は皺や消失した筋肉を再現しており、どこか老婆のようにも見える。


「誰ダァ……!」

「こいつ、言葉を喋るのか!」


 百足の口が開き、地獄の底から響いてくるような低音がマグリナの鼓膜を揺らす。

 人間の言葉を話す魔蟲種など、前代未聞だ。こいつは明らかに普通の魔蟲種ではない。

 マグリナは百足の背中から後方へ飛び退くと、民家の屋根に着地した。百足の眼球が動き、彼女をじっと追いかける。


「アァ……貴方デシタカ……マグリナァ!」

「なぜ、貴様は私の名前を知っている? 貴様の目的は何だ!」

「先程、腕ヲ切リ落トサレタ借リ、キチント返エサセテモライマスヨォォッ!」

「腕……? まさか、貴様は!」


 次の瞬間、鯨ほどの大きさのある巨大な腕がマグリナへと振り下ろされた。

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