第66話 ルイゼラという宿敵

「キィエエエエエエエエ!」


 老婆の叫び声が、森林の静寂を断ち切った。


「グァッ!」

「怯むな! 攻撃を続けろ!」


 そこに行われていたのは矢の猛烈な撃ち合いだった。木の陰に身を隠しながら、弩弓から矢を敵に向けて放つ。

 マグリナの私兵部隊と、女神教団過激派の戦闘員が互いの命を奪い合っていた。


「ぐぁぁぁぁぁ!」

「くそぉ! あちこちに敵がいやがる!」


 女神教団に四方を囲まれているマグリナたちが劣勢に立たされた。私兵たちは戦闘経験豊富な手練が揃っていたが、圧倒的に不利な状況は簡単に打開できない。あらゆる方角から同時に撃ち込まれる矢に、彼女の私兵らは次々と血の海へ沈んでいく。


 それに加え――


「キィエエエエエエエエッ!」


 巨大な鎌を振るう老婆が私兵の首を次々と斬り落としていた。男たちは矢をルイゼラに放つもヒラリヒラリと回避され、あっという間に距離を詰められる。


「お前たちにィィィィ! 女神様は渡さァァァァん!」

「うわああああああああああああ!」


 ヒュッ!


 風の切る音が男の悲鳴を掻き消す。

 大きな切り口から吹き出す血飛沫に、老婆の鎌とスータンは深紅に染まっていった。


「チッ、あのクソババアが」


 一瞬にして巨鎌で刈られていく仲間を横目に、マグリナはこの事態を打開する方法を頭の中で模索する。迫り来る矢を刀で弾きつつ、彼女は戦車内にいるアルビナスへ声を荒げた。


「アルビナス、敵がいる場所へ小型魔導砲を撃ち込め!」

「しかし、この距離では爆風で仲間が巻き添えに……」

「構わん。逃げ道を作り出せ!」

「かしこまりました!」


 アルビナスは四足歩行戦車ランドウォーカーに搭載される小型魔導砲を起動させる。弾への魔力装填が始まり、砲身が赤く光り始めた。その砲口は女神教団員が多く隠れる森の茂みへと向けられる。


「総員、衝撃に備えろ!」

「発射!」


 砲口から飛び出した魔力の塊は、太陽のような眩い光を放ちながら茂みへ着弾した。


 そして――


 ドオオオオオオオオン!


 強烈な閃光が周囲を照らすと同時に、爆風がその場にいた全員に襲い掛かる。

 大地は広範囲に渡って抉り取られ、木々は根ごと空高く吹き飛んだ。周辺に潜んでいた女神教団員は一瞬にして灰と化し、風によって砂埃のように消えていった。

 隕石でも落下したかのようなクレーターが残り、冷え切らない熱が湯気を上げる。


「な、何なんだ、あの威力は!」


 想像を絶する破壊力に、教団員は狼狽した。弩弓を操作する動きが止まり、山火事の如く草木を燃やす巨大な炎を見つめていた。


「あそこを駆け抜けるぞ!」


 マグリナは爆発によって開けた地点を指差した。


「アルビナス、四足歩行戦車ランドウォーカーはここに捨てていくぞ。逃げる際にそいつは目立つし遅すぎる」

「かしこまりました」

「魔導砲に魔力を過多装填してオーバーヒートさせろ。女神教団こいつらに生産技術が渡らないよう自爆させるんだ」


 アルビナスは魔力装填のレバーを奥まで押し込むと、車内に横たわるカミリヤを担ぎ上げて運転席を降りた。

 再び砲身が赤い光を放ち始める。現在、弾へ魔力が過剰に込められている状態であり、四足歩行戦車ランドウォーカーは魔力の暴発による時限爆弾と化していた。砲身の光が最大限に強くなるとき、それは大爆発を引き起こすだろう。


 アルビナスは少女を肩に担いだまま森を走り抜けていく。


「先に行け」

「それでは帝都で落ち合いましょう。マグリナ様」

「ああ。確実にそいつを運べ」


 きっとヤツなら巧く帝都まで運んでくれる。

 マグリナはそれを見届けると、残っている自分の部下たちを見渡した。


 そのとき――


「ロゼッタ様を放せエエエエエエエッ!」


 アルビナスを追いかけようとする黒い影がマグリナの横に現れる。

 ルイゼラ・ハーベドガスターだ。

 老人とは思えない驚異的な身体能力ならば、アルビナスへ容易く追い付いてしまうだろう。どうにか時間を稼がないと、こいつから逃げ切るのは難しい。


「貴様の相手はこの私だ、クソババア!」

「マグリナアアアアアアアア!」


 ガギィィィィン!


 マグリナはルイゼラの前に立ち塞がり、巨鎌の刃を自身の刀で防いだ。直接刃が肌に当たることは避けられたものの、ルイゼラの怪力に彼女の体は後方へ大きく吹き飛ばされる。マグリナは空中で体勢を立て直し、着地と同時にルイゼラへと駆け出した。


「まさか、貴様と直接刃を交えることになるとはな!」

「あなたも勇者召喚の糧にしてあげましょおおおおッ!」


 再び鎌と刀がぶつかり合う。

 刃の擦れる音が衝撃波のように周囲へ轟いた。


 マグリナに悠長な時間はない。早めに決着をつけないと四足歩行戦車ランドウォーカーの自爆に巻き込まれてしまう。


 それと……肝心な宝玉はどこだ?


 ルイゼラの肩越しに見える自分の仲間はほぼ全滅していた。

 頭や胸を矢で撃たれている者、鎌で体を切断された者。

 クアマイア家に長く仕えてきた闇の暗殺者たちだが、その活躍もここで終わりのようだ。


 宝玉は……あそこか!


 そしてマグリナは視界の隅に、宝玉を収納したケースが転がっているのを捉えた。ケースを持たせていた兵士はすでに殺されており、その首はどこかに消失している。ルイゼラにやられたのだろう。


 急いで拾わなければ……!


「キィエエエエエエエッ!」


 しかし、奇声を上げる老婆がそれを拾い上げることを許さない。何度も繰り返される激しい攻撃に、マグリナは防戦一方だった。


「あなたも女神様に命を捧げなさ――!」


 死神は鎌を振り下ろす。

 骸骨のような顔に、勝ち誇った笑みを浮かべながら。


 しかし――


 キィィィィン!


「な……!」

「悪いが、命を捧げるのは貴様の方だ。ルイゼラ」


 死神の鎌はマグリナの刀によって大きく弾き返された。

 再度攻撃を仕掛けるも、同じように力負けする。最早、ルイゼラの鎌はマグリナに通用しなくなっていた。


「バカな……どうして急にこんな力が!」

「この刀もな、貴様の鎌と同じ魔術付与武器エンチャント・ウェポンなんだよ」


 クアマイア家の宝具である彼女の刀には、魔力を注ぎ込むほど得物が軽くなり、使用者の身体能力を強化させる魔術がかけられている。


 以前、レイグが仕込杖を向けてきた瞬間にすぐ反撃できたのも、この刀に魔力を注ぎ込んでいたからである。軽い刃と強化された筋力を使い、常人には視認できない速度で仕込杖を切り落としたのだ。


 しかし今回の敵、ルイゼラは格が違った。

 マグリナは最大限に魔力を刀に注ぎ込むことを強いられ、体に残す魔力が一気に使い果たしそうになる。

 逃げる際の体力を考慮して魔力消費は抑えるべきだが、ルイゼラ相手では刀の最高出力で対抗するしかなかったのだ。


 魔力切れの症状である倦怠感と目眩に耐えながら、マグリナは老婆へ決め手となる一撃を放った。


「ここまで私に魔力を使わせたことだけは褒めてやろう」

「マグリナアアアアアアアッ!」

「終わりだ、ルイゼラ」


 ドスッ!


 振り下ろされた刀は、鎌を握る死神の腕を切り落としたのだった。

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