第65話 魔蟲種という技術

 クォォォォン……!


 暗闇に覆われた森林に、鈍い金属音が響いた。

 帝国軍の最新兵器・四足歩行戦車ランドウォーカー。まるでそれは生き物のように歩き、足元の草木を薙ぎ倒しながら帝都へ進んでいく。


 マグリナは戦車内の席に深く腰かけ、白く華奢な脚を組む。持ち上がった腿がスカートの端に覗かせていた。戦車の操縦を性奴隷のアルビナスに任せ、主は機体の振動に身を任せながら帝都に到着するのを待つ。


「しかし、四足歩行戦車こいつは随分と乗り心地が悪いな。振動が体に響く」

「まだ試験段階の兵器ですから、これくらいは仕方ありません、マグリナ様」

「搭乗者の車酔いを避けるためにも改良を施さないとな」


 そう言うと、マグリナは退屈凌ぎに自身の足元へ視線を向けた。

 そこには縄で縛られた豊満な肉体を持つ少女が横になっている。カミリヤの服は縦に長く裂かれ、白い肌を首筋から腰にかけて大きく露出していた。彼女に意識はなく、睡眠魔術によって死人のように眠り続けている。


「まったく、『勇者召喚は魔蟲種アラクニド討伐のためだけにある力』だと? 綺麗事にも程がある」

「ええ。カミリヤ様はそんなことも仰ってましたね」

「魔蟲種のおかげで我々の軍事力は格段に成長できたというのに」


 彼女はカミリヤの腹を軽く蹴り、視線の先を運転席のアルビナスへと戻した。


「知っているか? この四足歩行戦車ランドウォーカーも、魔蟲種のおかげで開発が進んだんだぞ」

「そうなのですか?」

「この女が倒した蝿の王ベルゼブブ騎兵トルーパーの死体を軍が回収して、重い巨躯を持ち上げる構造を解析したんだ。その成果が、これということだ」


 マグリナは自身の座席をバンバンと叩いた。その表情には勝ち誇った笑みも窺える。


「そんな開発秘話があったのですね」

四足歩行戦車こいつだけじゃない。魔導砲なんかも魔蟲種だけが持つ魔力の圧縮器官を利用して作られている。彼らがいなかったら我々はここまで急速に軍事力を拡大できていなかっただろうな」

「魔蟲種の恩恵……ということですか?」

「ああ。こんなに研究価値があるヤツらを簡単に全滅させてなるものか」


 私は帝国内で優位に立つため、利用できるものはとことん利用する。それが敵であろうと、帝国の利益に繋がれば構わない。今回現れた骸鬼ヘカトロンに消された兵は、魔蟲種が持つ技術の使用料金だと思えばいい。だがいずれは骸鬼ヘカトロンも我々が倒し、死体を解析しなければ。


 それがマグリナの意図であった。


「ところで、勇者召喚の準備はできているだろうな?」

「はい。神殿には魔法陣を描き終えてあります」

「よし、宝玉を魔力遮断設備に収納次第、勇者召喚に移る」


 随分と遠回りしたが、ようやく勇者召喚が手に入る。

 すぐに皇帝陛下にその力を見せなければ。

 これで今度こそ帝国の発展に貢献できる。


 マグリナはさらに上の地位を獲得できる喜びに震えた。


「しかしマグリナ様、本当によろしかったのですか?」

「どうした?」

「レイグ様を殺してしまって損失はないのですか? あの方を生かしたままの方が、カミリヤ様へ有効な人質に使えたかと」

「構わん。この女の性格からして、故郷周辺の村人でも人質として有効に使えるさ。手懐ける方法は他にもある。それに私自身、レイグのことは嫌いだったからな」


 マグリナは機体に揺られながら、瞼を深く閉じた。


 そして考える。

 私はいつからレイグのことが憎かっただろうか、と。


 エルシィが消えたときから?

 それとも、彼女が消えたのはレイグという男が関係しているという噂が立ったときだっただろうか? 当時、彼は成績上位へ昇るためにエルシィを密かに葬った、と言われていた。


 いや、違う。

 それよりもずっと前から、あの男のことを嫌っていた気がする。

 彼を初めて見たときから憎んでいたようにも思う。


 それは自国の軍事力発展ために、仕事で自分の母校でもある魔術師養成学校の様子を視察したときのことだ。


 そして、学園の廊下で彼を見た。

 涼しい顔をして歩く制服姿のレイグ。

 彼の横には、が――


「――まったく、最高に目障りだな」

「どうかなさいましたか、マグリナ様?」


 独り言が大きくなってしまった。

 慌てて口を閉ざし、言い訳を考える。アルビナスは自分と親しい存在とはいえ、あまり心の内を知られたくなかった。


「この女を意のままに操って勇者召喚ができるようになったら、どこでその力を最初に試してやろうかと考えていた」

「そうでごさいますか」

「やはり、女神教団の過激派にぶつけてやるのが妥当じゃないか? 自分たちの崇める女神様が突然刃を向けてきたら傑作だろう?」


 マグリナはニヤニヤと笑った。

 勇者召喚で攻撃され、驚き戸惑う黒装束たちの姿が想像できる。それによって、女神教団過激派は一気に勢いを失うことだろう。その様子を高みの見物でゲラゲラと笑う自分の姿が思い浮かんだ。


 そのとき――


 ガクン……!


 突然、四足歩行戦車ランドウォーカーの動きが止まる。

 魔導機械の振動が収まり、マグリナたちの元に静寂が訪れた。


「おい、どうして止まった?」

「申し訳ありません、マグリナ様。敵に囲まれました」

「『囲まれた』とは、私たちがか?」

「はい。すぐそこの林で待ち伏せしていたようですね」

「一体、何者が――」


 マグリナは座席横に取り付けられている小窓を覗き込んだ。そこから見えたのは、木々の間へ規則的に並ぶ幾つもの不気味な炎。

 松明を掲げる黒装束の集団がそこにいた。

 格好からして、彼らは間違いなく女神教団過激派の連中だ。


「見つけたぞオオオオオッ! マグリナアアアアアアア!」

「あの婆さんは……」


 黒装束たちの前に立つのは、黒いスータン姿の老婆。女神教団過激派の主教である女だ。

 ルイゼラ・ハーベドガスター。

 彼女は殺意を瞳に纏いながら身の丈程もある巨大な鎌を振り上げ、マグリナが乗る四足歩行戦車ランドウォーカーに迫っていた。


「これまた、最高に目障りなヤツが出てきたな」

「ロゼッタ様を返してもらおうかァァァァァ!」

「クソババアが。返り討ちにしてやる」


 マグリナは刀を握り、戦車を降りたのだった。

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