第63話 半魔蟲種という生贄

「お前と同じ半魔蟲種ハーフアラクニドになる、だと?」

「そうだよ。だからさ、レイグ君にも私と一緒になってほしいなぁ、って」


 ようやく判明した宝玉の無効化手段。

 しかしそれは、実行者を人間とは別の存在にしてしまう歪なものだった。


 つまり、この手段を使ってカミリヤを勇者召喚可能にするならば、誰かが犠牲になって半魔蟲種ハーフアラクニドへ変化しなければならない。


「それで、あの宝玉をどう操作すれば魔力を組み換えられる?」

「おおっ? もしかして乗り気かな?」

「いいから答えろよ、エルシィ!」


 僕が怒鳴っても、彼女の不気味な笑顔は崩れない。

 エルシィは自分の頭をトントンと指差す。


「そんなの簡単。あの宝玉の近くで、自分の憎いものを強くイメージすればいい」

「何かを憎めばいいのか?」

「殺意とか憤怒でもいいかな。自分が破壊したいものを思い浮かべれば、あの宝玉がそれを壊すのに相応しい力を与えてくれる。まあ、力が強すぎて自我を失う可能性もあるけどね。そうなったら目の前にあるものを破壊し尽くすだけの存在になっちゃう」


 そこまで言うと、エルシィは踵を返した。頭だけをこちらへ振り向かせ、「バイバイ」と軽く手を振る。


「それじゃあ、私はこれから帝都に向かうね」

「帝都で何をする気だ?」

「それはもちろん、カミリヤちゃんを殺して、宝玉を奪い返すの」

「そんなことはさせない」

「じゃあ、競争しようよ。どっちが先にこの二つを手に入れるのかさぁ」


 エルシィが僕に笑いかけるのと同時に、彼女の体は再び蛾の大群へと変貌していく。樹上へ一斉に飛翔し、満天の星を覆い隠す。そして、蛾たちは帝都の方角へ羽ばたいていった。


「じゃあねぇ、アハハハハハッ!」


 空から少女の笑い声が雨のように降ってくる。

 それはしばらく続いた後、蛾と共に遠くへ消えていった。


「やっと消えたか」


 デリシラたちはようやく敵へ身構えるのを止め、疲れたかのように深いため息を吐く。


「なぁ、レイグ。アイツは何のことを言ってたんだ?」

「……」


 僕はデリシラの質問など耳に入らず、呆然とエルシィが消えた空を眺めていた。


「おい、レイグ! 聞いてんのか!」

「あぁ、悪い……」

「大丈夫かよ。思い詰めたような顔してさ」

「すまない……しばらく一人で考えさせてくれないか」

「分かったよ。アイツの正体については、後でキッチリ聞かせてもらうからな!」


 僕の言葉でデリシラたちは木の陰へと入っていった。エルシィの登場で乱れた心を彼らも落ち着かせたいのだろう。

 僕は視界から他人が消えたのを確認すると、まだ熱を帯びている胸元へそっと手を当てる。

 星空を見上げながら、これから僕がやるべきことについて自分の考えを整理した。


 僕が半魔蟲種ハーフアラクニドになれば、カミリヤは勇者召喚できる。その代わり、僕の意識は消失して他の魔蟲種と同じように人間を殺すだけの化け物になるかもしれない。もし自我を保てたとしても、人間としての生活は絶望的だ。


 ただ、僕個人の実力よりも、彼女が作り出す勇者の方が骸鬼ヘカトロンを倒すうえで頼りになるだろう。カミリヤはその能力を使って超巨大魔蟲種、蝿の王ベルゼブブ騎兵トルーパーを倒した実績がある。敵との戦力差を考えるならば、僕を犠牲にして勇者を手に入れることが望ましい。


 しかし、きっとカミリヤはそんなことを許してはくれない。

 アイツは優しいヤツだから、僕が僕のままでいることを望むはずだ。


 でも、僕は約束してしまった。

 カミリヤを幸せにすることを。


 僕の体や意識がどうなろうと、最終的にカミリヤが幸せを掴んでくれればそれでいい。

 自分以外の男と結婚しようが、そいつの子どもを出産しようが構わない。


 誰かのために犠牲になりたい。

 僕は生まれて初めてそんなことを思った。








     * * *


 その頃、ユーリッドは木陰で幹に寄りかかり、蛾の大群が消えた方向をじっと見つめていた。


 あの夜空の下に帝都がある。

 そしてこれから、エルシィとかいう化け物は確実に何かを帝国へ仕掛けるつもりだ。

 禍々しい気配を放つ化け物が考えることだから、おそらく破壊や殺人などの物騒なことだろう。


 それに乗じて反抗勢力オレたちも何かを仕掛ければ、帝国に大きな損害を与えられるのではないか?


「『憎いものを壊すに相応しい力を与えてくれる』か……」


 先程の半魔蟲種ハーフアラクニドが放った言葉が頭の中をループする。

 レイグとあの化け物がしていた話の全容は完全に把握してはいないが、帝都へ持ち込まれた『宝玉』というものを使えば強大な力を入手できることだけは理解できた。


 それを入手できれば、自分の能力を格段に向上できるかもしれない。

 反抗勢力レジスタンスの切り札となり得るかもしれない。

 手詰まりとなっている帝国支配からの脱却に、新たな一手を指せるかもしれない。


 そんな考えが頭に浮かぶ。


「それを手に入れられれば、あるいは……」


 ユーリッドの碧眼がギラリと光ったのだった。

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