第58話 殺意という引き金

「どうしてっ! どうしてレイグさんを……!」


 カミリヤはアルビナスに抱えられながらジタバタと暴れる。


 レイグが死んだかもしれない。

 そんな憤怒と憎悪に体を任せ、彼の肌に爪を立てた。

 大粒の涙がポロポロと零れていく。


「レイグさああああああああああああああん!」


 橋に向かって手を伸ばすも、アルビナスに抑えられて届かない。

 落下した彼がどうなったのか確認することも許されないまま、彼女は四足歩行戦車ランドウォーカーへ運ばれていく。


 彼女の心に湧き上がるのは、強い殺意。

 彼を斬ったマグリナという女。

 自分の目的のためなら他人を簡単に犠牲にする冷血さが、カミリヤには到底理解できないものだった。


「どうして、どうして貴女は……!」


 そのとき――


「何だ、この光は……!」


 レイグが石床に落とした宝玉。

 それが紅く強い輝きを放っていた。


 夕焼け以上に強烈な閃光に、マグリナたちは視界を腕で塞ぐ。


 やがて光が腕のようなものを形成し、カミリヤへ手を伸ばし始めた。


「私は……あなたを……絶対にッ……!」

「宝玉が……カミリヤに反応しているのか?」


 次々と現れる何本もの紅い光の手が、カミリヤに触れていく。

 まるで、カミリヤの抱く強い感情に反応しているかのように。

 徐々に腕は彼女の体全体を包み込み、指の一本一本がその存在を確かめていた。


「アルビナス! カミリヤを眠らせろ!」

「かしこまりました!」


 アルビナスはカミリヤに向けて睡眠魔術を放った。

 彼女の意識が途切れると同時に、光の腕は触れるのを止めて宝玉の中へ戻っていく。

 腕が完全に引っ込むと、ようやく宝玉は禍々しい発光を止めた。


 橋の上に静寂が訪れる。

 マグリナは宝玉を拾い上げ、月明かりに翳した。

 今はもう、触れても何の反応もない。


「何だったんだ、さっきのは……」


 宝玉から溢れ出ていた強い魔力に、マグリナは驚きを隠せなかった。

 手が震え、呼吸が乱れる。


 これは魔導砲の弾よりも凝縮された魔力の塊だ。

 魔術師としての経験がある彼女には、そう感じ取れた。


 この宝玉は、この世界に存在しない技術で作成されている。でなければ、あれほどの魔力をこんな小さな物体に封じ込めるなど不可能だ。

 どんな技術が使われているか不明なだけに、カミリヤを包み込んだ腕の正体も分からない。今回はどうにかあの現象を抑えられたらしいが、本質が掴めない以上、発動は避けた方がいいだろう。


「早いところ、宝玉は研究施設に運んだ方がいいかもしれんな」


 マグリナは部下に鉄製のケースを持って来させると、その中へ宝玉をしまい込んだ。


「なるべく、女と宝玉は離して運搬しろ。さっきの現象に警戒するんだ」

「了解です」

「それから……念のため、レイグの死体を確認しろ。この中から何人か下流に出向いて探しに行け。もし生きていたら、その場で殺害して構わん」


 マグリナが指示すると、彼女を囲む私兵部隊から数人がその場を離れていった。


 カミリヤは四足歩行戦車ランドウォーカー

 宝玉のケースは随行する歩兵部隊。


 それぞれが運搬する形で、マグリナたちは帝都へ帰還する道へ入ったのだった。











 これが帝国最後の夜となることを、彼らはまだ知らない。

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