第7章 まだお前はそんなことを

第54話 エルシィという宿敵

「――これが、僕が知っているエルシィの全てだ」


 僕はカミリヤに自分とエルシィの過去を打ち明けた。

 窃盗したり、殺人未遂をしたり、刺激的な内容だったと思う。


 それでもカミリヤは口を挟まずに聞いてくれた。

 じっと僕の口元を見つめながら、真剣な表情で。


「もしかして、これからエルシィさんと戦うのは辛いですか?」

「あぁ。辛いね。自分より強かったうえに、一度は恋人関係になった相手だからな」


 あれから数年経過した今、僕はエルシィと再会した。最悪の形で。

 僕はカミリヤを救うために、エルシィを倒さなければならない。


 それがどうしようもなく怖かった。

 僕はロッキングチェアの背もたれに体を預け、深いため息を吐く。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 答えの出ない質問が僕の頭をぐるぐると渦巻く。

 僕はもっとエルシィとの将来を真面目に考えるべきだったのかもしれない。

 そうすれば、エルシィと幸せな家庭を築いている未来だってあり得たのに。


 そのとき、僕の考え事を遮るように、カミリヤが肘掛に置いた僕の手へそっと自分の手を重ねる。


「あの……こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 彼女は深く頭を下げた。


 カミリヤはこの戦いに責任を感じているのだ。

 自分に勇者召喚という力が与えられているのに、この事態を打開できていない。それを負い目に思っている。

 加えて、エルシィの元恋人である僕まで巻き込んでしまった。


 カミリヤは優しいヤツだ。

 だがそれ故に、色々と考え込んでしまう性格なのだろう。


「別に、お前を責めるつもりはないさ」

「で、でも」

「これは僕の問題でもある。だから、お前が気に病む必要はない」


 僕は俯く彼女の肩を軽く叩いた。

 そしてロッキングチェアから立ち上がり、暖炉の火を始末する。炎の消滅と同時に、部屋の照明は月明かりに切り替わった。青白い光がカーテンの隙間から入り込み、暖炉の灰から上る白煙を照らす。


「ほら、話は終わりだ。今夜はもう眠ろう」

「あの……!」


 カミリヤは僕の話を遮り、突然声を上げる。


 そして寝室に向かおうとする僕に、彼女は背中から抱き付いた。

 僕の腹部へ手を回し、強い力で自分を抑え込もうとする。


「まだレイグさんはエルシィさんのことが好きなんですか?」


 痛いところを突く質問だ。

 向こうの事情でほぼ一方的に別れたため、気持ちの整理ができなかったのは事実だ。


「まだどこかでアイツのことを想っているから、戦うのが辛いのかもな」

「そう……ですよね」


 前回の戦闘でエルシィが僕を殺さなかったのも、彼女が僕のことをどこかで想っているからだろう。彼女はエルシィという少女として生きた頃の自分を、完全に捨て切れていない。


 あのとき、互いに好意はあった。

 でも別れた。


 そこが僕の心をモヤモヤさせる。

 どうして運命とはこんなに複雑なのだろうか、と。


「レイグさん?」

「何だ?」

骸鬼ヘカトロンの前でエルシィさんに言ったこと、覚えてますか?」

「ああ。もちろん覚えている」


 僕の心臓がドクンと高鳴る。

 先程の『まだエルシィのことが好きなのか』という問い。

 それが何を意図しているのか、僕は気付いた。


「レイグさんが私のことを『好きだ』って言ってくれて、私、嬉しかったんです」

「ああ。聞いてたか……」


 骸鬼ヘカトロンの前でカミリヤはずっと僕にしがみ付いて震えていたが、エルシィとの会話はしっかりと耳に届いていたようだ。


「世間を何も知らない私に色々なことを教えてくれたり、魔蟲種から守ってくれたり、何か恩返しをしなきゃって考えているうちに……あなたのことが好きになってました」

「恩返しなんていらないのに……」

「ずっと不安だったんです。私を守ってくれるのは『仕事だから』とか『ロゼッタさんの方が好きだから』とか、そういう理由なんじゃないかって」


 確かに出会った当初、彼女を守る理由は『仕事』でしかなかった。

 それがいつからか『私情』に変化していった。


「私を……レイグさんの恋人にしてくれませんか?」

「えっ」

「今だけでいいんです。この先に激しい戦いがあれば、私が先に死んじゃうかもしれないので、何かレイグさんとの思い出が欲しいんです」


 僕はしがみ付く彼女の手を優しく解き、彼女へと振り返った。

 そこには、淡く青白い月光に照らされた肌が輝いていたのを覚えている。


「大丈夫だ。お前を死なせたりはしない」


 今度は僕から彼女を抱き寄せた。

 互いに心臓の鼓動が伝わる。彼女もかなり体温が上がっていた。


「だから、僕と一緒になって」

「はい……喜んで!」


 僕らはそのままキスをした。


 舌を絡ませながら、僕はカミリヤの衣服を脱がしていく。

 そうして僕は一糸纏わぬ姿になった彼女を抱え、寝室のベッドへと潜り込んだ。


 彼女は初めての経験に多少驚いてはいたが、かなり積極的だったと思う。














     * * *


 僕が寝室でカミリヤを抱いている頃。

 事態は新たな方向へ動き出していた。


「見つけましたよ。58号」

「どうしたんでちゅか、アルビナス君」


 無人になった暗いリビングに、黒い軍用コートに身を包んだ人物が現れる。静かな空間にブーツの床を叩くゴツゴツという音が響き渡った。


 彼はマグリナの性奴隷であり、彼女に仕える私兵――アルビナスだ。


「まさか、カミリヤ様の勇者召喚を妨害していたのが、あんな小さな宝玉とは驚きでしたね」


 気色の悪い笑みを童顔に浮かべながら、先程まで僕らがいた部屋をジロジロ眺める。

 彼は部屋の隅に座る囚人監視用人形――58号を見つけると、それを手に取った。


「あなたには最後の仕事をしてもらいますよ」


 パキン……!


 アルビナスが58号の体に隠されているスイッチを押し込むと腹が開き、内部のプログラム用魔方陣が露出したのだった。

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