第52話 【過去編】夢というタイムリミット
図書館での会話以来、エルシィは魔蟲種に関する予言を何度もした。しかも全て当たる。
さすがに僕も、夢の話が本当であると信じ始めた。
「どうしてお前にはそれが分かるんだよ」
「言ったでしょ。夢の中で魔蟲種を作ってるんだって」
正直、彼女がそうした予言をすることに得体の知れない恐怖はあった。
それでも僕は彼女との関係を絶たなかった。自分でも不思議に感じる。彼女は僕の弱みを握っているし、以前は奴隷みたいな扱いもしてきた。いつ彼女が自分の秘密を暴露するかも分からない。
なのに、自分が自分を彼女の傍に留まらせる。
僕は彼女のことをそれほど嫌っていなかったのだ。
いつもは暗い彼女が僕の前だけでは明るく振舞うのが嬉しかったのかもしれないし、そんな彼女の不器用さが愛おしかったのかもしれない。
「最近ね、夢の意味が段々分かってきたような気がするんだ」
「やっぱり、前世の記憶なのか?」
「うん……」
エルシィが前世の記憶を取り戻す。
それが僕との別れや対立を意味するなんて、当時の自分には絶対に理解できなかったと思う。
* * *
「なぁ、エルシィ。俺と付き合ってくれよ!」
「えっと……」
「前からずっと、お前のことが気になってたんだよ!」
「で、でも……」
ある日の放課後のこと。
学園の廊下でエルシィが上級生の男子に言い寄られていた。
愛の告白というヤツだ。
僕の友人曰く、エルシィの童顔や小柄な体格が「可愛い」として男子から注目を集めているらしい。普段は図書館で読書をしている部分もミステリアスで興味を惹くようだ。彼女は僕を介して図書館から人前へ出るようになったため、他の生徒の視界に入る機会も増えたのだろう。
「あの……えっと……」
僕の前では明るく振る舞う彼女が、彼の前では小さく縮こまっている。彼の言葉にどう反応していいのか困惑しているようだった。視線がキョロキョロと動き、手が震えている。
「何やってんだ、アイツ……」
僕は小さくため息を吐き、エルシィと男の間に割って入った。
「おい、エルシィ」
「レイグ君?」
「さっき担任がお前を呼んでたぞ。『今すぐ教員室に来い』ってさ」
「う、うん……」
もちろん「教官が呼んでいる」というのは嘘だ。
僕は彼女を手招きし、男の誘いから引き剥がす。
男と十分に距離を取り、彼の姿が見えなくなったところで彼女は僕の顔を見つめた。
「もしかして、わたしを助けてくれたの?」
「ったく、アイツが嫌なら『嫌です』って言えばいいだろ」
「うぅ……」
彼女は俯いた。
困っている場面を見られて恥ずかしいのだろう。
「……わたしね、レイグ君以外の他人と関わる方法が分からないんだ」
「じゃあ、どうして僕には普通に振る舞えるんだよ?」
「レイグ君はわたしの下僕だから、好きに扱っても問題ないかなって……」
「何だよそりゃ」
結局、友人のように振舞っていても、彼女の中で僕は下僕のままらしい。エルシィが僕だけに明るいのは、僕のことを下に見ていて気兼ねする必要がないからだ。
「でもね、レイグ君にはすごく感謝してる」
「……」
「いつもありがとう、レイグ君」
そう言って、隣を歩く彼女は僕に身を寄せてきた。僕の腕をぎゅっと抱き、僕の肩に頬を擦る。
僕らはそのまま、行く当てもなく学園の廊下を歩き続けたのだった。
このときの自分は、これ以上ないほど心が満たされている気がした。
彼女との時間が長く続くことを、心の底では願っていたのに……。
それを自覚して言葉にできなかったことが、後悔として今も胸に淀み続けている。
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