第49話 【過去編】レイグというクズ

「ほぉら、レイグ君。『あーん』して」

「は?」


 エルシィ殺害を決意した翌朝、学生寮の大食堂で朝食をとっていたときのこと。

 彼女が僕の隣に腰掛け、スプーンに乗せたオムレツを僕の顔前に突き出して来た。


「ぼ、僕一人で食えるから、お前のお節介など要らん」

「どうしたんでちゅか、レイグ君。今日は何だか不機嫌でちゅね」


 高いトーンの声で繰り出される赤ちゃん言葉が、心の奥でエルシィに抱く憎悪の炎を高く燃え上がらせた。こいつは完全に僕をバカにしている。


 魔術師学校の生徒全員が集まる大食堂で、こいつは僕に羞恥プレイでもさせようとしているのか?


 他の生徒は皆、僕とエルシィに注目していた。普段から誰とも話さないはずのエルシィが、なぜ僕に寄って来ているのか。彼らはそれが気になって仕方なかったのだと思う。


「いいんでちゅか? 魔導書……」

「アアアアアアアアアアッ!」


 僕はプライドを投げ捨て、エルシィが突き出すスプーンに食らい付いた。

 大勢の生徒が注目する中での赤ちゃんプレイ。最悪だ。食堂がざわめく。


「どうでちゅか、レイグ君。美味しいでちゅか?」

「クソより不味い」


 人生で一番不味いオムレツだったと思う。

 このままエルシィに秘密を抱えさせると、僕に何をさせるか分かったものではない。

 やはり、早く殺さねば。




     * * *


 そして僕はエルシィ殺害計画を進め始めた。

 僕も彼女と同様、他の生徒の弱みを握り、彼らを駒として使い始める。実技科目における彼女の魔術を観察させ、その傾向を調べた。

 エルシィは実技テストでも毎回高得点を叩き出す天才だ。模擬戦でそんな彼女を倒すとなると、僕は相手の行動パターンを把握しなければならない。


 僕は手下から得た情報を基に、対エルシィ戦術を作り出していった。


 同時に別の工作も裏で進めていた。


 模擬戦は八百長ができぬよう、教師の間で対戦の組み合わせを秘密裏に決定している。なるべく似た成績の生徒同士が戦うようにはしているらしいが、僕とエルシィが戦う予定になるかは不安が残る。


 僕は教員室に人がいなくなる時間を狙い、対戦表書き換えのために忍び込んだ。夜が更けてくる時間までデスクワークをしている教官もいたが、背後から接近して睡眠導入魔術で眠らせる。

 対戦表を速やかに書き換え、僕はさっさと教員室を後にした。


 今思い返すと、このときの僕は自分でもクズだったと思う。

 窃盗・不法侵入・脅迫・暴力・校則違反、そして殺人未遂……これだけのことをやっていた人物がよく政府職員に就職できたものだ。

 同級生の暗室計画を本気で企てるなど、健全な精神を持つ青少年にはできない。




     * * *


 そして模擬戦闘当日。

 試験は学内闘技場で行われる。学園の生徒全員を収容できる大型の施設だ。

 僕とエルシィを含む大勢の試験の対象生徒が集まり、対決の時間まで観客席で待つ。


「これより模擬戦を開始する!」


 教官の声が闘技場全体に響き渡った。

 彼に名前を呼ばれた生徒から順番にアリーナへ足を進め、合図で戦闘を始める。

 基本的にそれ以外の生徒は観戦だ。施した裏工作が実を結ぶことを祈りながら、僕は腕を組んで自分の出番を待ち続ける。


 そして――


「レイグ! エルシィ! 上がれ!」


 呼ばれた!

 エルシィと一緒に!


 遂にっ! 遂にこのときが来た!

 僕がこれまでしてきた努力が報われたのだ!

 後は殺害を実行するだけ……!


 エルシィと僕はアリーナに上がり、互いの顔を見つめた。彼女は先日と同じようにニヤニヤと憎たらしい笑いを浮かべている。


「どうしたんだ、エルシィ? 気色の悪い面をしやがって」

「それはレイグ君も同じでしょ?」

「えっ?」

「これから戦闘が始まるのに、さっきから嬉しそうな顔してるよ?」


 嬉しいに決まっているだろ?

 ようやく貴様を葬れるんだからなァ!


 このとき、僕は自分の口角が上がっていることに気付いた。にやけが止まらない。


 殺せる。

 やっと殺せるんだ。


 エルシィ。

 貴様は死ぬ。

 この大衆の面前で。

 血の花を咲かして。

 その汚い臓物を撒き散らして。


「始めようか、エルシィ」

「へぇ。自信満々だね」


 貴様が最期に見るのは悲鳴を上げる観客と、僕の勝ち誇った笑みだ。

 せいぜいあの世で僕を下僕にしようとしたことを後悔するんだなァ!


「始めッ!」


 教官の声と同時に、アリーナに立つ二人は互いへと魔術を放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る