第48話 【過去編】レイグという下僕
「ハッ、下僕だと?」
「そうだよ? ご主人様の言うことは何でも聞いちゃうアレのことだよ?」
こいつは頭がおかしいのか?
出会って間もない人間に「下僕になれ」と頼むなど、正気の沙汰ではない。
「誰がお前みたいなイカれたヤツの下僕になるかよ!」
彼女にそう吐き捨てた。僕は急いで机上に広げていた書物をまとめ、乱雑に鞄へぶち込む。
こんな変人と関わるのは良くない。早く逃げなければ。
学生鞄を脇に抱え、僕はその場を立ち去ろうとした。
しかし――
「そっかぁ。じゃあ、あのこと、わたしの父に話そうかなぁ」
「何の話だ?」
「えぇ? 分からないのぉ? あのことだよ、あ・の・こ・と!」
彼女は僕に耳打ちした。
「君が貴族の家から魔導書を盗んだこと」
ガターンッ!
エルシィの口から発した言葉の衝撃に、咄嗟に僕は彼女を突き飛ばした。
その衝撃で腰掛けていた椅子が倒れ、夕暮れの図書館に乾いた音が響き渡る。鞄が床に落下し、中身がバサバサと広がった。
「ハァッ、ハァッ……!」
「どうしたの、そんなに顔色を悪くしちゃってさぁ?」
僕の心臓は跳ね上がり、呼吸が荒くなる。冷や汗が首筋を伝い、手が震えた。
「なぜ、お前がそのことを……!」
「あのとき見てたからねぇ」
「まさか、お前は……!」
魔導書を盗むために侵入したクアマイア邸。
あのとき、僕は書斎で誰かと遭遇している。当時あの場所は薄暗く、相手の顔は分からなかった。
しかし、自分と同年代くらいの女の声だったのは覚えている。
その人物が目の前にいるエルシィなのだろう。
「あの後、魔導書を盗まれた当主様がカンカンに怒ってたんだよぉ。『盗んだクソガキを探し出して処刑してやる』ってさ」
「あ……あぁ」
僕は恐怖で言葉が出なかった。
クアマイア家の当主は政界の大物だ。魔術学校の生徒など一人消すくらい容易くできる。
「いいのかなぁ、こんなことがクアマイア家の人間に知られたら……」
この情報が彼らに知れ渡れば、僕は終わりだ。魔導書を盗んだ罪で僕は逮捕され、懲役刑が科される。
当時は未成年で貧乏だったから、などという言い訳は通用しない。罪は罪として徹底的に裁くのが、この国の掟である。
また、僕を養子に迎えたダクファルト家にも迷惑がかかるだろう。彼らには魔導書を盗んだことを隠しており、「生まれつき魔方陣なしで魔術が使えた」と嘘の説明している。
僕の犯罪が彼らに伝われば、僕は勘当され、今まで得てきた地位や裕福な生活を全て失う。
「じゃあねぇ、レイグ君! アハハハハハハッ!」
彼女は高笑いしながら図書館を出ていき、その場に僕だけが残された。
僕はしばらくの間、呆然と床に落ちた書物を眺めていることしかできなかった。
* * *
エルシィを殺さねば。
誰にもバレないように。
彼女の存在は僕の人生をぶち壊す可能性の高い最大の脅威である。早く口封じしなければ彼女にいいように扱われるだけでなく、最悪僕は再び人生のドン底へ叩き落されてしまうだろう。
このとき、僕がダクファルト家に留まることも雲行きが怪しくなってきていた。
当主から「学年で首席になれ」という要望が出されたのだ。「魔術師の名家なのだからそれくらい当然だ」とも言われた。
僕は順位昇格を迫られた。
だが、どうしてもエルシィには学内テストで敵わない。
座学も実技も、僕は今まで本気を出して取り組んだ。それでも彼女には及ばない。彼女は僕の一歩先を進んでいる。
口封じ、順位昇格……僕の人生が再び順風満帆の状態になるためには、エルシィを消すことが必要不可欠だ。
しかし殺すにしても、手段は限られている。
まず、誰がどう見ても「これは殺しである」と断定できる手段はダメだ。
この国の警兵部もバカではない。血液に反応する薬品や指紋を採取する技術も進歩している。雑な方法で殺害すれば、すぐに証拠を掴まれて投獄されるだろう。
こっそり山に埋めたり海に沈めたりすることも難しい。
帝国において魔術師は貴重な軍事力だ。そのため魔術師学校の生徒は学園の出入りや荷物を厳しく管理される。僕とエルシィが一緒に門をくぐれば門番に記録されてしまい、それが自分に殺害の疑いを向けてしまう。
「殺すには……アレしかない」
真夜中、僕は学生寮のベッドに体を埋めながら呟いた。
僕が考え付いたのは『模擬戦中に起きた不慮の事故』としてエルシィを殺害する方法である。
魔術師学校では実技の科目に『魔術師同士の模擬戦』というものが組まれていた。生徒同士が魔術を用いて戦い、その技や戦略を教官が評価する。
実戦に近い形で行われるため、毎回負傷者が出るらしい。教官が勝敗が決したと判断した時点で止めに入ってくるのだが、それが間に合わないこともある。
僕の狙いはそこだ。この場なら相手を傷つけたり殺したりしてしまっても事故として処理され、僕への刑事的処罰はほとんどないはず。
つまり、僕は今度の模擬戦闘で相手がエルシィになるよう裏で手を回し、事故を演じなければならない。教官の隙を突き、エルシィに魔術をかけて息の根を止める。
「待っていろエルシィ……僕の人生の邪魔は消えてもらう」
その夜は綺麗な夕日が一転し、暴風雨が吹き荒れていた。
ガタガタと揺れる窓の外に落ちた雷が、殺意に満ちた僕の表情を白く照らしたのだった。
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