第47話 【過去編】エルシィという少女

 クアマイア邸から魔導書を盗んでから、僕の人生は順風満帆だった。


 同じスラム街にいる敵に負けることがなくなった。

 そこらにいる市民が使えるような家庭用魔術とは違い、魔術師が使う軍用魔術の威力は絶大だ。自分に喧嘩を売ってきた連中を全て魔術でねじ伏せる。腕力を自慢していたガキ大将も、僕の魔術には敵わない。食料、金、場所……あらゆるものを恐喝して手に入れた。


 それからしばらくして、僕は魔術師の名家に養子入りすることになった。

 家の名前はダクファルト。僕はレイグ・ダクファルトとして暮らすことになる。

 跡継ぎに困っていた当主が魔術の才能を持つ子どもを探していたらしい。スラムの魔術師として有名になっていた僕は当主からスカウトされ、その家に招待されたのだ。


 ダクファルト家での暮らしは最高だった。

 食事に困らない。ふかふかのベッドも心地いい。

 ただ毎日、魔術の訓練を欠かさずに行わなければならないのが面倒だが、スラムに暮らしていた頃と比べれば格段に生活レベルは向上している。


 やはり、あのときの決意は間違ってなかったのだ。

 いつか自分も皇帝と同じような立場に……!




     * * *


 それから程なくして、僕は魔術師養成学校に通うことになった。

 この学校で高い成績を残せば、政府の職員になる道も拓けるという。そうすれば『高い権力を手に入れる』という僕の目標にも一歩近づくはずだ。


 僕は学校での首席を目指し、魔術の訓練に励んだ。

 そうして、学校内ではかなり上位に留まることができた。


 だが、上には上がいる。


 毎月、成績順位表が学内の掲示板に張り出されるのだが、いつも僕の名前の上にの名前が記載されていた。


「誰なんだよ、エルシィって」


 エルシィ。

 そんな名前がいつも首位にある。この人物が目の上の瘤となり、僕が首席になることを妨げているのだ。


 僕は掲示板を一緒に見ていた友人に、彼女のことを尋ねてみる。


「なぁ」

「どうした、レイグ?」

「このエルシィってヤツ、知ってるか?」

「あぁ、いつも成績1位のヤツだろ」


 彼女の名は学内にそこそこ知れ渡っているようだ。


「お前はエルシィと話したことがあるか?」

「いいや、ないよ。いつも読書ばかりしていて、他人と会話している場面なんて見たことない」

「そうか……」


 どうやらエルシィなる人物は悪い意味で『有名人』らしい。学内の図書館でひたすら一人で読書をしている。こちらから話しかけても無視されるようだ。クラスメイトからは『変人の見本』などと言われている。


 このとき、彼女にアプローチを仕掛けるつもりなど全然なかった。

 ただ、相手がどんなヤツだろうか、という興味はあったが。

 卑劣な手段を使ってまで彼女を首位から蹴落とす必要はない。ここまで良質な生活を入手できたのだから、墓穴を掘るような真似は控えなければ。


 そう思っていたのに……。





     * * *


 入学してから半年程経過したときのこと。

 僕は次の試験に備え、学内の図書館で書物を広げていた。


 高い本棚に囲まれたテーブル。

 その上に置かれた書物が、夕日でオレンジ色に照らされている。


 そろそろ閉館になる時刻。

 図書館にいる生徒も減ってきている。


 そんなときだった。


「君がレイグ君だね?」

「あ?」


 僕より一回り小柄な女性が、いきなり隣へ座ってきた。

 肩までの黒いショートヘア。片目が髪で隠れている。着用している制服からして、彼女は僕と同じ学年の生徒らしい。


「確かに、僕はレイグだが?」

「おお、ずっと会いたかったんだよ、君にね」


 彼女への第一印象は、『生意気なヤツ』。

 陽気でニヤニヤしている。僕らは初対面のはずなのに、どこか馴れ馴れしい。僕の肩をポンポンと叩き、笑みを浮かべた顔を近づける。


「それより、お前は誰なんだ?」

「そういえば君に自己紹介してなかったなぁ」


 わざとらしい言動だ。

 声のトーンや、体のくねくねとした動作がイラつく。

 こいつは僕をからかっているのか?


「エルシィだよ? 聞いたことない?」

「エルシィ……」


 ああ、こいつがエルシィなのか。

 僕の順位昇格を妨げる謎の女。


 誰とも話さないはずの変人が、何故か僕に話しかけている。

 寡黙な変人が口を開くと、こんな目に余る感じなのだろうか。


「そ、それで、僕に何の用だ?」

「あのさあ、君に頼みがあるんだ」


 そして彼女は、僕にとんでもないことを言ったんだ。


「君さぁ、わたしの下僕になってよ」

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