第40話 ヘカトロンという魔蟲種
「うぅ……寒いです」
真夜中。
多くの兵士が寝静まったキャンプ地に、もぞもぞと動く影があった。長い眠りから覚めたばかりの彼女は荒野に吹く凍える風に体を震わせ、自分の肩を擦る。
「起きたか、カミリヤ?」
「は、はい! 起きました!」
カミリヤと呼ばれた少女は僕の声に振り返り、ほっと白いため息を吐いた。見た感じでは、彼女の体調に異常はなさそうだ。
僕も彼女が無事目覚めたことに安堵し、思わず微笑んでしまった。昔の僕なら、彼女の容態など気にも留めなかっただろうに。
「あの……私はどれくらい眠ってましたか?」
「昨日の昼からずっと。もうすぐ夜明けになる」
「もしかして……ずっと眠らないで私が起きるのを待ってたんですか?」
「僕も少しは寝たから安心しろ」
そう言って、僕は彼女に笑顔を見せた。かなりぎこちなく、わざとらしい表情になっていたと思うが。
「あのとき、私、レイグさんにご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「迷惑ならお前と出会ったときからかかってるよ」
「ひぇ……すいません」
「もう慣れたけどな」
カミリヤと出会って、もうすぐ一ヶ月ほど経つ。
マグリナの命令で彼女と魔蟲種討伐をすることになってから、彼女のやることなすことに僕は良い意味でも悪い意味でも影響を受けてきた。
「へっくしょ!」
「寒いなら僕の隣に入って来い。荒野の夜は冷えるぞ」
「ふ、ふぁい……」
僕は自分が横になるベッドの端へ移動し、もう一人寝られるようスペースを空けた。カミリヤは鼻水をすすりながらそこへ入ってくる。
ふにふにして低反発なカミリヤの肌。彼女は夜の空気に冷えた体を僕に押し当て、自分の体温を取り戻していく。
僕はベッドのなかで彼女を力強く抱き締めた。僕は、昨日の豹変した彼女が恐かったのだ。カミリヤが別の世界に行ってしまったような気がして。
カミリヤをずっと抱き締めていたい。
僕だけを置いて、どこにも行かないでほしい。
そんな僕の欲望が彼女を抱き締める力を強くしていく。
「レイグさん?」
「本当に……大丈夫なんだな?」
「もう……大丈夫です」
僕は抱き締める力をゆっくりと緩め、彼女の顔を見つめた。カミリヤは不安な僕の心を包むかのように、優しく微笑む。そのあどけない笑顔にホッとさせられた。
「それよりも話してくれないか? あのとき、お前は何を見たんだ?」
「やっぱり、あなたはそれが気になるわよね」
この言葉を発した途端、彼女の表情が強張る。朗らかさが抜け、眼光が鋭さを増した。
おそらく、人格がロゼッタに入れ代わったのだろう。
「あのとき、敵の死体の向こうに、別の景色が見えてたの。ここの荒野ではない、もっと暗い場所が……どこかは分からないけど」
「どうしてそんなことが?」
「
「つまり……ヤツの目玉が、互いの覗き穴になってたってことか?」
コクリ、とロゼッタは頷いた。
「
「魔神ヘレスもお前がこの世界へ降臨したことに気づいて、殺られる前に探している?」
「ヘレスは随分前から私の存在を察知していたと思うわ。以前、勇者召喚を使って
それが、過去にカミリヤが倒したとされる
「じゃあ、お前は向こう側に見えた魔神ヘレスに怯えてたのか?」
「違う……」
「だったら、お前は何を見たんだよ?」
カミリヤは僕の体をぎゅっと抱き、震える唇でその正体を告げた。
「魔神ヘレスの傍にいた、大きな魔蟲種。『ヘカトロン』って呼ばれてたわ」
そいつが、彼女を錯乱させたものの正体らしい。
この世界の神話に登場する悪の巨人だ。何本もの腕を持ち、その手に握った様々な武器で破壊の限りを尽くしたとされている。
名前から想像するに、その神話を模して作られたのだろう。
「それはどんなヤツだった?」
「まだ育てている最中で、完成形がどんな姿になるのかは分からなかった。けど、あれは本当に危険よ。何十万人もの魂が閉じ込められてる。魔蟲種は使われてる魂が多いほど強いの」
「強い魔蟲種ほど出てくる蟲魂が大きいのはそのせいか……」
「早く、勇者召喚できるようにならないと……みんな、殺されちゃう。あなたも、私も」
彼女が僕を抱く手に力を込める。僕の胸に顔を埋め、小刻みに震えた。
カミリヤもロゼッタも、その
「それよりも、レイグ。あなたに聞きたいことがあるの」
「何だ?」
「あなた、どこかで魔神ヘレスに会ったことがあるんじゃない?」
何を言っているんだ、ロゼッタは?
魔蟲種を作り出すようなヤバいヤツと接していたなら、僕はその時点でとっくに気づいているはずだ。それに、ヘレスの目的が人間の魂を全て魔蟲種に置き換えることなら、僕は出会ったときに殺されていてもおかしくない。
「僕にそんな記憶はないが、どうしてそんなことを聞く?」
「魔神ヘレスがね、あなたの名前を呼んでいたの」
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