第37話 レイグという魔術師

 最近、どうも遭遇する魔蟲種が一気に強くなった気がする。討伐ポイントも急激なインフレが起きている。

 粘体蛞蝓スライムスラッグに始まった、この討伐刑。兵士ポーン騎士ナイト戦車ルーク蚯蚓災蛇ワームヒュドラ女王クイーン……。


 そして蠅の王ベルゼブブ刈者リーパー


 討伐刑を始めてからたった数日。こんな大物に出会えるとは思わなかった。

 これもカミリヤが傍にいる影響だろうか。蠅の王ベルゼブブ系魔蟲種に狙われる体質。彼女にこんな特性があるのを知っていれば、僕は早々にこの仕事を諦めていただろう。


 でも、今は違う。

 僕は知ってしまった。

 カミリヤが体験した苦痛に満ちた儀式。

 魔蟲種の生まれている原因。

 この世界に訪れようとしている危機を回避するためには、カミリヤとロゼッタの存在が不可欠だ。今後、彼女が勇者召喚できるかは分からないが、その召喚術がこの事態を打開する大きな鍵になるだろう。いつか勇者召喚ができると信じて、僕は彼女を待ち続けるつもりだ。


 それに、僕はカミリヤを守りたい。ずっと周囲から虐げられ、権力と暴力に振り回されてきた彼女を。


 そのために――


「お前にはここで消えてもらおうか、蠅の王ベルゼブブ

「キュオオオオオッ!」


 放出された粒子で黒く染まった空を縦横無尽に飛行する流星。羽が生み出す強烈な振動は砂埃を吹き上げ、視界を奪う。

 僕は耳を限界まで澄まし、接近の際に変化する羽音を聞き分けた。ヤツは確実にカミリヤを狙ってくる。進行方向が変化するタイミングさえ読めれば、爪の軌道を読むのは簡単だ。

 急降下と同時に繰り出される爪は、岩をもバターのように切断するほどの切れ味がある。一方、こちらの仕込み杖には補助魔法が施されているとはいえ、何度も爪を凌げるほどの耐久力はない。なるべく刃の消耗を押さえるため、カミリヤを抱えたまま跳んだ。爪が彼女のギリギリ横を通り過ぎていく。


「ひえぇぇぇ! 大丈夫なんですか、レイグさぁぁぁん!」

「黙ってろ。舌を噛む」


 爪を一度避けた後、敵はその速さゆえにすぐに進行方向を変えることはできない。爪さえ過ぎてしまえば、一瞬だがこちらに反撃のチャンスが生まれる。


「ここだ」

「キュオオオオッ!」


 刃を甲殻の隙間に突き立て、敵の羽を切り落とした。まるで幅広剣のような薄羽は固い地面に突き刺さり、蠅の王ベルゼブブは飛行能力を失って墜落した。ヤツは速度を保ったまま頭部から地面へ落下し、地表を削るようなガリガリという音を立てる。


「これで地上戦だな」


 蠅の王ベルゼブブが確実にカミリヤを狙ってくる特性を利用した戦略。

 ヤツは地面に叩きつけられた体をむくりと起こし、再びカミリヤを見つめる。羽を失っても、彼女への執念は変わらない。逃げる気配もなく、こちらへ走り出した。






     * * *


 一方、小鬼蟲女王ゴブリン・セクト・クイーンとの戦闘も続いていた。


「さすがに硬ぇなぁ!」

「キュイイイッ!」


 デリシラは高く跳躍し、身の丈ほどもある巨大な戦斧を女王クイーンへ振り下ろす。

 しかし、小鬼蟲ゴブリン・セクト系魔蟲種の最高峰ともなると、並の敵とは強さが違う。仰け反りはするものの、甲殻を破ることまではできない。

 それはユーリッドが繰り出す光の矢でも同じだった。特に腕の甲殻は分厚く、強力な攻撃は腕を盾のように使ってダメージを軽減する。矢は致命傷になるような威力を発揮できないまま弾き返された。


「なぁユーリッドぉ! 何とかなんねーのかよ!」

「どうにかして弱点への不意打ちを狙えれば、な」

「んなの、難しいって!」

「キュイイ!」


 そのとき、女王クイーンは手で地面をえぐり、その怪力で山のような岩塊を持ち上げる。それをデリシラの上へと投げた。


「危なぁ!」


 ドオオォォン!


 岩を落とされた衝撃が、波のように大地へ広がる。振動で周囲の小石が浮き上がり、砂煙が高く昇った。


 そのとき――


 ブシャアアア!


「キュイイイン!」


 砂煙の中から飛び出した光の矢が、女王クイーンの複眼を貫いた。エメラルド色の破片が散り、ドロドロとした血液が噴出する。その痛みで敵は腕を振り回して暴れ、弱点である頭部を大きく晒した。


「おっしゃぁ! サンキュー、ユーリッドぉ!」

「いいから、早く止めを刺せ」

「分かってらぁぁぁぁぁぁぁ!」


 間一髪で岩を避けたデリシラは、その岩を駆け上がった。さらに頂上から跳ね、戦斧に渾身の力を込める。


「これで終わりだぁ、クイイイイイイイン!」


 複眼に開いた穴へ、デリシラの斧が叩き込まれた。甲殻が大きく裂かれ、そこから体液がボタボタと流れ落ちる。

 巨大な頭部が真っ二つになるほどの威力。それを弱点に受けた巨躯はゆっくりと姿勢を崩し、力なく地面に伏した。


「おっしゃあああっ!」


 デリシラは女王クイーンの上に立ち、吠えた。

 戦闘に特化した灰狼の獣女。緑の眼を持つ巨人を倒し、その強さを体現した。


「やったぜ、お前のおかげだな、ユーリッド」

「フン……」

「嬉しいならもっと喜べよぉ、ユーリッドぉ」


 デリシラはユーリッドの隣へ降り立ち、冷静に振舞う彼の肩をポンポンと叩く。彼女が笑いかけても彼の硬い表情は変化しなかったが。

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