第35話 囚人という精鋭
その翌日。
「キュオオオオオオオン!」
晴天下、荒野に魔蟲種の声が響き渡る。
何百、何千という黒い蟲が橙色の大地を覆い、僕らに向かってきていた。
「さて、そろそろ行きますかぁ!」
どこまでも広がる荒野に派遣された、たった4人だけの囚人部隊。
最初に切り出したのはデリシラという灰狼女だ。人の背丈ほどもある巨大な戦斧を振り上げ、魔蟲種の大群へ突っ走る。
「おらぁ!」
一瞬だった。
並の兵士が何人集まっても苦戦は免れない魔蟲種、
デリシラは斧を持ったまま高さ数メートルも飛び上がり、敵の太い首を刈った。落ちた首はゴロゴロと転がり、蟲魂を上げる。
彼女の活躍によって、地表の大群は凄まじい勢いで討伐されていった。
「キュオオオオン!」
「おらおら! どうしたぁ!」
正直、デリシラがこれほどの実力を持つとは思わなかった。帝国軍が彼女の所属する農民戦線に苦戦するのも頷ける。
「次は、俺の出番か……」
ここまで沈黙していたユーリッドが動き出す。彼は背中にかけられている弓を構えると、手に魔力を込め始めた。
「レイグさん、あれは何をしているんですか?」
「魔力による矢の形成だ。あれほど大量に生産しているのは僕も初めて見るがな」
ユーリッドの手の中に光を放つ矢の束が生まれていく。いや、手の中だけじゃない。彼の周囲に何本も形成され、それらが一つの方向へ。
「キュイイイッ!」
ユーリッドが矢を向ける先には荒野の遥か上空をホバリングする巨大魔蟲種、
しかし、ユーリッドはそんな強敵を目の前にしても、彼は表情を崩さずに睨み続けていた。
「目障りなハエどもめ」
次の瞬間、彼の出現させていた光の矢が
攻撃を受けた戦車は地面へと叩き付けられ、
「他愛もない……」
ユーリッドは落ちた死体に見向きもせず、遠くの方向を眺めていた。彼にとって、これくらいのことは造作もないのだろう。
ここで初めて、僕は帝国と敵対する反抗勢力の実力を理解した。世界一の軍事力を誇る帝国がなぜ彼らに手をこまねくのか。それを実感する。
今回、本当に彼らが味方でよかったと思う。もし敵だったら、一体僕らはどうなっていたことやら。
「ま、ざっとこんなもんでしょ!」
「大したこともなかったな……」
魔蟲種の波が消え去り、2人が帰ってくる。あれだけの戦闘があったのに、どちらも息を切らしていない。
「す、すごいです、デリシラさん、ユーリッドさん!」
カミリヤは戦ってきた囚人部隊のメンバーを目を輝かせながら迎えた。ぴょんぴょんと跳ね、魔蟲種をあっという間に片付けた喜びをアピールする。
「すごいです! デリシラさん! あんな強そうな魔蟲種を簡単に倒すなんて!」
「そ、そうかぁ?」
「たくさんの人間の魂が解ほ……じゃなくて、倒すのがすごく速かったですもん!」
カミリヤの言葉にデリシラは照れくさそうに視線を彼女から逸らし、頭を掻いた。
「それで、カミリヤは何ができるの?」
「え?」
「カミリヤも何か戦闘に使える特技みたいなのがあるんでしょ? じゃなきゃ、こんな危険地帯に派遣なんかされないもんね」
「いえ……あの……それは」
今のカミリヤに使える特技はない。喜びに満ちていた彼女の顔が一気に曇った。勇者召喚できない状態では、彼女の戦闘能力はそこらにいるクソガキよりも劣る。
現状、この囚人部隊の中で一番のポンコツはカミリヤだ。彼女の存在はこの戦闘においてマイナスにはたらくだろう。僕らとこの囚人とでは戦闘力が釣り合わない。
「分かった! カミリヤは剣術がすごいんだろうな!」
「え、えぇ……?」
「腰の剣、すごく軽そうに振舞ってるじゃん。『凛々しい女騎士』って感じが出てるよな」
「う、うん……」
それは訓練用の模造剣だからな。軽いのは当たり前だ。
カミリヤは大きな戦力を持つ女神教団のトップということもあり、デリシラは彼女の能力に期待しているらしい。
無駄に期待され、カミリヤの顔からは冷や汗がダラダラと垂れる。先の戦闘を見せられて「自分には何も能力がありません」など言える状況ではない。
カミリヤは助けを求め、黙ったまま僕に視線を送る。
「そんでさぁ、そこにいる魔術師は強いのか?」
「僕のことか?」
「そうだよ。こんな重要人物と組まされるなんて、相当な実力がないと務まらないよなぁ。見た感じ、ヒョロヒョロしてて弱そうだけど」
デリシラがニヤニヤと笑う。
彼女の国は魔術が帝国ほど発達しておらず、あまり『魔術師』という職業に馴染みがないのだ。魔術師の強さは外見では判断できない。
「だ、大丈夫です! レイグさんはすっごく強いんですから!」
「へぇ、どんな風に?」
「
おいやめろ、カミリヤ。
それ、褒め言葉になってない。
むしろ踏み潰せない成人男性の方が稀だと思う。
「それに、レイグさんは魔術でお風呂も焚いてくれますし、魔力を使ったマッサージもしてくれますし、それから魔術の高い火力で料理も……」
僕はお前の家政婦か!
「……」
「フッ……」
デリシラは黙り込むし、ユーリッドは鼻で笑う。
カミリヤの発言で僕は完全にバカにされてしまった。向けられる冷たい視線に「はぁ」と深いため息が出る。
「そ、それで……これで累計ポイントはいくつになった?」
「合計で9703ポイントでちゅ!」
僕は話題を逸らすため、58号に討伐ポイントを尋ねた。
囚人部隊による獲得討伐ポイントは参加する囚人全員に分配される。200ポイント超えの魔蟲種をあれだけ倒せばこれくらい貯まるのは当然だ。これなら一気に大量のポイントを獲得できる。
最初は不安だった討伐作戦だが、味方は頼りになるし、ポイントも稼げる。
少しだけ、今の状況に希望が見えてきた。
そんなことを思っているときだった。
ドオオオオオン!
突如、荒野に轟音が行き渡る。地面が揺らぎ、砂粒や石ころがカタカタと動く。
何か強烈な魔法攻撃が行われたような、不穏な音だ。
「な、何の音だ?」
「基地の方角から聞こえたよ。嫌な匂いもするね」
デリシラが狼の耳を澄まし、遠くの音を感知する。
獣人はこうした索敵能力に長けた種族だ。僕には匂いまで感じ取れないが、デリシラは眉間にシワを寄せる。
「来る……!」
「く、来るって、何が?」
「ヤバいヤツが!」
そのとき――
「キュオオオオン!」
橙色の大地から飛び上がる、黒い流星。
紫の粒子を撒き散らしながら、青い空に軌道を描く。
「まさか、こいつがいるとはな……」
「厄介なヤツが出たなぁ!」
他の魔蟲種を操る頭脳的存在だ。おそらく、この荒野に集結する魔蟲種はヤツの命令を受けていたのだろう。
そんな化け物が目の前にいる。
「キュオオオオッ!」
ヤツの放出する粒子で青かった空は黒く染まり、僕らを捉える目が赤く光るのだった。
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