第5章 世の中、ヤバいヤツしかいないのか

第33話 囚人という化け物

「囚人部隊は、お前たちを含めて4人だ」

「は?」


 前線基地に派遣されている将軍から、そんなことを言われた。




     * * *


 話は数時間前に遡る。


 カミリヤの疲労やら失禁やら様々な苦難を乗り越え、僕らは目的地である帝国軍の前線基地へ到着した。ギリギリ日没前、どうにか荒野に仮設された拠点へ入り、囚人部隊を扱う担当者に牢馬車が使えなくなった事情を説明する。そうして予定通り部隊に合流できた。


 そこまではよかった。


 だが、問題はその先――


「あの……ほ、本当に僕たち4人だけなんですか?」

「将軍の言葉が聞こえなかったのか? お前たちには4人だけで魔蟲種を討伐してもらう」


 ――囚人部隊のメンバーが少なすぎる。


 話が違う。

 ここの作戦区域にはもっと多くの囚人が参加していると聞いていた。どうしてこんなことになったんだよ!


 現地を仕切る将軍への挨拶後、僕とカミリヤは担当者によって囚人用テントへ連れられていく。夕日に赤く照らされた基地。武具を整備する兵士たちを横目に、冷めた態度で接する担当者に質問をぶつけた。


「ここに来る前は、100人以上の囚人が集まっているって聞いてたんですけど……?」

「状況が変わったんだよ。何度も魔蟲種の襲撃があって、囚人の生き残りは2人だけになっちまった」


 僕らの監視担当者は拠点内を案内しながら淡々と語る。あの言葉は将軍の度を過ぎた冗談でなかったらしい。


「じゃあ……僕ら以外に増援は?」

「来ない。お前たちで増援は最後だ」

「じゃあ……正規軍と合同で討伐したりは?」

「それもない。正規軍の連中も忙しいんだ。魔蟲種はあちこちにいるからな。作戦は囚人部隊だけで実行してもらう」

「じゃあ……僕らの討伐目標は小さな群れですか?」

「いや、蚯蚓災蛇ワームヒュドラ小鬼蟲戦車ゴブリン・セクト・ルークを中心としたバカでかい魔蟲種の群れだ」


 4人だけで魔蟲種の大きな群れを排除しろ?

 いやいや! そんなの無謀だって!


 僕らに科せられた討伐刑はほぼ死刑と言っても過言ではない。駆り出される多くの囚人は大罪人である。つまり帝国にとって、僕らは死んでもいい存在なのだ。

 この刑を科せられている以上、ある程度酷い扱いをされることは覚悟していた。だがさすがにここまでとは思わなかった。「たった4人で巨大な群れを倒せ」という言葉は、ほぼ「死ね」と言っているに等しい。帝国軍は僕らを生かす気がないのだろう。


 僕らに状況を説明する担当者の彫りの深い顔は微塵も変化せず、真剣な表情で足を進める方向を見つめていた。


「じゃあ……僕ら以外の囚人は今どこに?」

「あのテントの中だ。作戦前に互いの顔をよく見ておけ」


 男は拠点内に設置された一際大きなテントを指差した。

 あの中に僕らと部隊を組む囚人がいるらしい。この荒野でどういう戦闘があったのかは知らないが、魔蟲種との戦闘を何度も生き抜いてきた猛者であることは間違いない。

 武装した数人の兵士がテントを囲んでいる。まるで、とんでもなく凶暴な猛獣を閉じ込めておくかのように……。

 外からテント内は見えないが、一体どんなヤツがいるのやら。


「俺の案内はここで終わりだ。今日はあのテントで体を休めておけ」

「中にいる囚人たちは、いきなり僕たちに襲いかかったりしませんよね?」

「さぁな。ほら、さっさと行け」


 担当者は僕らの肩をドンと強く押し出した。扱いが荒い。僕はその担当者を睨みつつ、彼とはここで別れた。囚人同士の面会には立ち会ってくれないようだ。


「今日は疲れました、レイグさん。テントで早く休みましょう」

「そ、そうだな……」


 僕とカミリヤは恐る恐る今晩の寝床となるテントへ歩み寄る。そこの入り口となる布を少しだけ引っ張り、中を覗いた。


「う、嘘だろ……!」


 テントを覆う布同士の隙間から見えた、中で静かに佇む人影。どうやら次の戦闘に備えて体を休めているらしい。


 1人目は狼系の獣人の女。ピンと立った狼のような耳がこちらを向いていた。露出度の高い戦士用ライトアーマーを装備しており、華奢ながら筋肉質な体を確認できる。

 2人目は森精霊エルフ族の男。だらりと垂れた亜麻色の髪から、尖った耳が見えた。魔術師用のローブを着用しており、鋭い目がこちらを睨む。


「ど、どうも……」

「……」


 囚人たちは挨拶を返さない。

 あまりこちらに好意的ではないらしい。


「そ、そういうことだったか……」


 その囚人たちを見て、僕はようやく理解した。

 なぜ、囚人部隊をかなり危険な地域に放り込もうとするのか。

 なぜ、その囚人2人だけが生き残っているのか。

 なぜ、帝国軍は囚人を死に急がせようとするのか。


「どうしたのよ、レイグ? 化け物を見たような顔しちゃって」

「実際、化け物みたいなヤツらなんだがな」


 一緒にテントを覗き込み、首をかしげるカミリヤ。カミリヤは世間知らずだし、ロゼッタもこの世界の人間ではないので、彼らを知らなくても無理はない。


 だが、この囚人たちは帝国で名の知れた大罪人であることは、基地内にいる兵士全員が分かっていた。僕も秘書を務めていた時代、何度も彼らの名を書類で目にしている。

 2人とも帝国軍の大部隊と交戦経験があり、その戦闘能力は凄まじいはずだ。


「ねぇ、あの人たちは誰なの?」

「帝国に敵対する、反抗勢力の代表格だ」


 彼らは帝国にとって、このうえなく邪魔な存在なのだ。

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