第34話 囚人という反抗勢力

 囚人部隊用のテントには先客が2人。


 1人目の獣人女。

 頭部の灰髪の上に生えている狼のような耳が特徴的だった。動きやすく設計された露出度の高いライトアーマーを着用しており、女性らしくも筋肉質なボディラインを強調している。目がギラギラと好戦的に輝き、僕らを威圧した。


 2人目、森精霊エルフ族の男。

 亜麻色の髪に、透き通るように白い肌、尖った耳は彼の種族の特徴。彼の細い目は僕らをチラリと見る。


「マ、マジかよ……」


 僕はこの2人を前に、しばらく動けずにいた。


「レイグさん、どうしたんですか。蛇に睨まれた蛙みたいな顔になってますよ?」

「お、おい、お前は本当にこいつらを知らないのかよ?」

「え? ロゼッタさんも私も知りませんけど?」


 女神はこの世界に来たばかりだし、カミリヤはずっと幽閉されて育ってきた。知らないのは無理もない。


 だが彼女らこそ知らなかったが、この獣人族の女と森精族の男は帝国内で「超」という言葉がつくほど悪名高い罪人だ。


「獣人の方はデリシラ・ガーグワン。帝国の植民地で反抗を続けている農民戦線のリーダー格だ」

「え、私と同じくらいの歳なのに?」

「獣人族のなかでも彼女は灰狼型と言ってな、種族内でも特に身体能力が高い。確かにカミリヤとは同年代かもしれないが、戦闘力は油断ならないな」


 その会話を聞いて、デリシラの耳がピクピクと動く。会話内容が聞こえているのか、立ち上がってこちらへ歩み寄った。挨拶のつもりだろうか。


「よぉ、そこの新入り!」

「ど、どうも……」

「アタシのことを高く評価してくれるのは嬉しいけどさ、さっきアンタはアタシの国のことを『帝国の植民地』と言ったな。アタシらは故郷が帝国の支配下にあるなんて認めてねーからな!」


 デリシラはそれを言うと、椅子へ深く座り直す。頬を膨らませ、視線を遠くへ向けた。

 どうやら自分の解説が彼女を怒らせてしまったらしい。

 これからは同じ囚人部隊で協力関係を築かなければならない相手だ。以後、会話には注意を払う必要があるだろう。


「えっと、それじゃあ、あの森精霊エルフ族の人は?」

「名前はユーリッド。ヤツもまた帝国に反抗している精霊解放軍トップの右腕的存在だ」

「わぁ、すごい人ばっかりじゃないですか!」


 カミリヤは感心したように目を輝かせ、囚人たちを見つめる。

 一方、僕はそれどころではなかった。目の前にいる相手は敵対組織の大物だ。そこらにいるマフィアやギャングのボスなんかとはわけが違う。テントに踏み入れた足がなかなか前へ進まない。首筋に冷や汗が垂れる。


「あ、あの、これから討伐刑の囚人としてお世話になります、カミリヤです! よろしくお願いします!」

「おう、よろしくな」

「……」


 僕の緊張など知らないカミリヤは、ずいずいと2人の前に出て頭を下げる。

 それに対し、デリシラは軽く手を振り、ユーリッドは黙視を続けた。見た感じではデリシラの方がこちらに好意的に感じる。この2人に囚人部隊として協力させるには、ユーリッドよりも先にデリシラへアプローチを仕掛けた方がいいだろうか。


「みなさんはすごい人たちなんですね!」

「そう言うアンタも結構な大物だと思うけどな」

「え?」

「アンタ、女神教団が崇めているヤツだろ? それってすごい重要人物じゃね?」


 灰狼の女がニヤニヤしながらこちらを見る。

 デリシラの言うとおり、確かにカミリヤも帝国から危険視される重要人物だ。


 女神教団。

 農民戦線。

 精霊解放軍。


 帝国と敵対する三大勢力の長とも言えるべき存在が、この小さなテントに集結している。

 もしかすると、帝国軍はこいつらを始末するつもりで魔蟲種集結地域に呼び出したのではないだろうか。

 魔蟲種と反抗勢力レジスタンス。どちらも帝国にとっては厄介な存在だ。これをこの地域で互いに戦わせ、相打ちになることを狙っている可能性が高い。

 そんなことが頭を過ぎった。

 もしそうだとすると、僕は完全にヤバい思惑に巻き込まれてしまっている。この先、かなり面倒くさいことになるのは回避できないだろう。


 そんな考え事をしていたとき――


「私はカミリヤと言います! よろしくお願いします!」


 カミリヤはそう言いながら自分の手をユーリッドに差し出し、握手を求めた。なかなか反応を示してくれないユーリッドとも、どうにか良好な関係を築いておきたいのだろう。


 しかし――


 パシッ!


 彼女の手は強く振り払われる。


「えっ……?」

「悪いが、俺は女神教団の関係者と協力するつもりはない」


 ユーリッドは冷たく言い放つ。視線を一度も彼女へ向けぬまま。

 そんな彼の態度にショックを受けたのか、カミリヤは半泣きで僕のところへ戻ってくる。


「レ、レイグさぁん……」

「どうしたんだよ、カミリヤ」

「私、何かユーリッドさんに嫌われるようなことしたんでしょうか……」

「いいや、してないさ」


 僕は震えるカミリヤを抱き寄せ、背中を撫でてやった。ふにふにと軟らかい背中を擦りながら、僕はユーリッドを見つめる。依然、彼は僕らを無視し続けており、こちらとコミュニケーションするつもりはなさそうだ。


 彼の行動の意味はよく分かる。

 精霊解放軍は女神教団と手を組みたくないのだ。女神教団は捕虜となった敵兵を惨い手段で処刑するなど、組織のイメージは最悪だ。

 女神教団の人間と手を組むと、その悪いイメージが自分たちにも反映されてしまう危険性がある。そうなれば周囲から支持を得るのが難しくなり、味方の士気も下がる。精霊解放軍のユーリッドはそれを危惧しているのだ。


 結局、その日は彼らとそれ以上打ち解けることはなかった。


「今日は休もう。これから激しい戦闘があるんだからな」

「はい……」


 こうして、僕らはテント内に設置されているベッドに身を横たわらせる。

 明日生き残れることを祈りながら。

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