第31話 カミリヤという失禁少女

「お、おはようございます!」


 あどけない少女の声で目が覚めた。僕の顔を大きな瞳が覗き込む。サラサラとした金髪が僕の頬に触れて少しくすぐったい。彼女は体の上に乗りかかり、僕の寝起きを待っていたようだ。

 閉めていた窓の隙間から日差しが見える。無事に朝を迎えることができたらしい。


「ああ、おはよう」

「レイグさんはよく眠れましたか?」

「ま、まあな」


 僕はベッドから体を起こし、インナー姿のカミリヤを見つめる。顔の血色もよく、彼女の体調に問題はなさそうだ。

 さて、問題はロゼッタが本当にカミリヤの体へ戻っているかどうかだが……。


「ちゃんと戻ってるわよ、安心しなさい」


 カミリヤの口から、ロゼッタの言葉が発せられる。まるで僕の考えていたことを察知したかのように。

 僕に憑依していた彼女はちゃんと戻ってくれたようだ。僕は安堵のため息を漏らす。


「ところでレイグ、朝食はなぁに? 朝はガッツリ食べたいわねぇ」

「食い意地張ってるな、お前は」

「ふふふっ」


 僕とロゼッタの会話に、カミリヤが微笑んだ。

 両親を失ってから幽閉と軟禁を繰り返してきた彼女にとって、こういう砕けた会話が新鮮なのだろう。


 でも、今の会話には僕とロゼッタの演技が多少含まれていることをカミリヤは知らない。

 ロゼッタ曰く、彼女を不安にさせないため目的達成後に天界へ帰還することは伏せてあるという。だから僕もロゼッタも何事もなかったかのように振舞った。僕との約束をカミリヤに悟らせないために。


 僕はロゼッタに出された条件を呑んだ。







     * * *


「ねぇ、レイグぅ、わたし疲れちゃったぁ。休もうよぉ」

「またか……」


 数時間後、朝食を済ませた僕らは囚人の集められる前線基地に向けて歩き出していた。集落から続く林道を進んでいく。


 案の定、しばらく歩き続けたところでカミリヤは音を上げた。

 いや、この生意気な口の利き方はロゼッタかもしれない。

 彼女は地べたに座り込み、その場に留まる意思を表現する。


「ったく、ここは敵がうじゃうじゃいるエリアのど真ん中なんだぞ?」

「だってぇ……」

「お前、いい加減に――」


 彼女に怒鳴る寸前、僕は口を閉じた。


 これはロゼッタがカミリヤの疲労状況を代弁したものではないだろうか?

 カミリヤは僕の考えを理解しているから反論しないだけで、本当は疲れているのかもしれない。


 そもそも彼女に体力がない理由を考えると、彼女は女神教団によって長期間に渡って閉じ込められてきたことが挙げられる。彼女は何年も魔方陣の上に寝かされ、薬品を飲まされ続けた。

 その結果、彼女は常人ほどの筋力も得ることができず、今こうして苦しんでいる。


 カミリヤは自分の意志でこんな体質になったわけではない。彼女も被害者なのだ。


 そんな考えが、彼女に対する怒りを悲しみへ変化させていく。僕は彼女に随分と無理をさせていたのではないだろうか、と。


「いや……やっぱり、少しだけ休憩にしよう」


 僕はカミリヤを休ませることにした。それには彼女へ平手打ちやらの仕打ちをしてきた反省の意味も込められている。もう辛い過去を十分経験した彼女に、あまり過酷なことはさせたくないという想いが僕の心の隅にあったのだ。

 そんな僕を不思議に思ったのか、彼女はきょとんとした表情で僕を見つめていた。


「レイグさん?」

「あ、何?」

「もしかして、私に気をつかってますか?」


 カミリヤは目を伏せ、自分の華奢な足を見つめる。その顔はどこか悲しそうに見えた。

 彼女も自分の体力が極端に低いことを自覚しており、それが僕らの足手纏いになっていることを分かっているのだ。

 自分の欠点を他人の親切で補うことは、色々と心に刺さるものがある。


「……少しはな」

「ごめんなさい、レイグさん……」

「いいんだ。気にしないでくれ。僕もなるべく疲労がたまらないように努力するから」

「え、それってどういう……ひゃっ!」


 僕はカミリヤを抱き上げ、周辺にあった巨大な切り株に横たわらせた。僕は疲労回復を促進する治癒魔法をかけながら、彼女のふくらはぎをマッサージしていく。


「あっ……ひゃう!」

「帝国軍は遠征の際、移動中に治療魔術師がこうやって兵士の疲れを癒すそうだ」

「うんっ……はぅ!」


 この方法……疲れはよく取れるらしいが、慣れないとかなりくすぐったい。

 ビクビクと動く彼女の足を押さえつけながら、僕はマッサージする箇所を太股へと移していく。


「はぁっ……あぅ!」

「あと少しで終わる。もうちょっとリラックスしろ」

「でっ、でも! あぁっ! ダ、ダメェ!」


 プシャアァァァァ……!


 カミリヤは失禁した。切り株から液体が小川のように流れていく。

 彼女はその羞恥心に、顔を両手で隠した。


「うぅ……ごめんなさいぃ」

「いや……」


 マッサージの刺激は加減したつもりなのだが、カミリヤには強すぎたか。

 カミリヤの失禁も、この刑罰中に何度か経験した。恐怖を感じたとき、驚いたとき、体に慣れない刺激が訪れたとき、彼女はすぐに漏らす体質があるらしい。

 どうしてこうも簡単に尿を出してしまうのか。


 彼女は数年間、魔方陣の上に縛られて薬を飲まされていた。その間、排泄物は垂れ流しになるだろう。また、飲まされていた薬品にそれを促す作用があったのかもしれない。

 こうして簡単な刺激で排泄してしまう体ができあがったのではないだろうか。


 そう考えると笑えない。


 彼女はルイゼラに、常人の体質まで奪われてしまったのだ。

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