第29話 勇者召喚という使命
アルビナス。
カミリヤの口から出てきたのは、意外な名前だった。
僕の女上司であるマグリナ・クアマイアの私兵にして性的奴隷・ペットだ。
神出鬼没の不気味な男で、愛くるしい童顔とは裏腹に殺気に満ち溢れた気配を持つ。
彼は僕がカミリヤと会う前から彼女に接触していたらしい。おそらく、マグリナが
「その人が私に交渉してきたんです。『ワタクシたちにあなたの勇者を貸せば、帝国はこの地域の植民地政策から手を引くことを考える』って」
マグリナの考えそうなことだ。
彼女は帝国内でそこそこ高い地位にいる。派兵の権限も握っており、実行しようと思えばできるだろう。ヤツが約束を守るとは思えないが。
マグリナはカミリヤの優しさを利用したのだ。情勢に疎く何も知らない少女を騙し、カミリヤの力だけを入手する。
「それから私は帝国内に連れられて、あの神殿で勇者召喚することになったんです」
カミリヤがここまで語ったことが、僕と出会うまでの経緯だ。
もしかすると、マグリナはこの儀式が成功すれば帝国政府上層部から何らかの報酬を受け取ることになっていたのかもしれない。
「お前の言うことが本当だとして、なぜ神殿で勇者召喚に失敗した?」
「それは……私にも分からないんです」
カミリヤは俯き、口をつぐんだ。
もし本当にカミリヤが勇者召喚ができると仮定する。
僕の思いつく召喚の失敗原因としては、マグリナに敵対する何者かが妨害工作を施したか。ヤツは高い地位にいるため、その存在を疎ましく思う連中も政府内に多い。
だがマグリナは重大なイベントへの妨害工作を見逃すようなヤツだろうか。精鋭の私兵部隊が入念に敵対勢力の動向を監視していたはず。大恥をかくような落とし穴を発見できていなかったとは考えにくい。
「ロゼッタ、お前も失敗した理由を知らないのか?」
「ええ、失敗した原因は不明なのよ。神殿には召喚に必要な魔力が満ち溢れていたし、魔法陣にも間違いはなかったわ」
現在自分に任せられた仕事は、魔蟲種討伐刑を処されたカミリヤへの同行だ。
そして、その目的には勇者召喚できなかった理由を探ることも含まれている。
仮に勇者召喚という儀式が実在することを確認したとしても、勇者召喚を達成できなかった理由まで突き止めなければマグリナは納得しないだろう。
徐々に僕の仕事達成が近づいているような気はした。だが、重要なピースがなかなか埋まらない。
「そうか、お前も色々大変だったんだな」
僕は浴槽の中でカミリヤを抱き締めた。
彼女の体は火照っている。長く湯に浸かりすぎたか。
「レイグさん、私、また勇者召喚できるでしょうか?」
「え?」
「再び勇者召喚できなければ、私はあのときのように戻ってしまう気がするんです」
カミリヤの声が暗くなる。
彼女は不安に感じているのだ。
女神を宿して勇者召喚することが、女神教団のルイゼラ主教から強制された使命。それができなければ彼女は教団から捨てられ、勇者の力を求める帝国も彼女を入手する意味を失う。
勇者召喚できない彼女はまた一人になる。
もし今後も彼女が勇者召喚できないなら、僕も彼女を見捨ててしまうのだろうか。
* * *
「眠ったか」
数時間後、僕とカミリヤは宿屋の同じベッドに横たわっていた。
腕の中に、彼女はすやすやと眠る。移動や戦闘で疲れていたのだろう。
「どう、レイグ? カミリヤっていい子でしょ?」
「いい子……というよりは不憫だな」
カミリヤの穏やかな寝顔を見て思う。
「こいつは他人から虐げられてきたくせに、どうして他人に優しくできる?」
「レイグは優しくされるのが嫌いなの?」
「そうじゃないが、不思議に思ってな」
カミリヤの過去を聞く限り、彼女はルイゼラから心身を痛めつけられている。
それだけじゃない。今も帝国によっていつ死ぬか分からない刑罰へと駆り出されている。
僕も彼女には平手打ちやら無視やら色々な仕打ちをしてきた。
それなのに、自分をこんな境遇に追いやった人間が憎くないのだろうか?
もし僕にそんな過去があったら、自分なら――。
「――レイグ、どうしたの?」
「え?」
「なんか、こわい顔しちゃってさ」
自分の口から発せられるロゼッタの声で、自分の表情が強張っていたことに気づく。
カミリヤの過去を聞いていると被虐なことばかりだ。そんな彼女が自分と重なってしまって――。
「いや、何でもない。少し考え事をしていた」
「そう? ならいいけど」
「ところで、あの話は本当だろうな?」
「あの話?」
「今夜、お前がカミリヤの体に憑依し直すっていう約束だよ」
今朝から始まった、ロゼッタによる体の支配。早くこの状態から解放されたかった。誰かに肉体をコントロールされる恐怖など、もううんざりだ。
一日経ったらカミリヤに戻るという話だったが、約束を守るつもりはあるのだろうか?
「あぁ、本当よ。心配しなくても眠っている間にやっておいてあげるから」
「それならいいんだが……」
「ほら、今日はレイグも疲れたでしょ? さっさと眠ったら?」
そうして僕はカミリヤを横に抱いたまま眠りに就いた。
ちゃんと元に戻れることを祈りながら。
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