第27話 魔蟲種という魂
「レイグさんにも見えるんですね……」
いくつもの生首が蠢く風呂場。
その静寂を終わらせたのは、カミリヤの言葉だった。
「カミリヤ、お前にはこの生首の集合体が
「はい。あれは間違いなく粘体蛞蝓です」
「馬鹿な……」
僕はもう一度、浴槽の中に視線を向けた。
「じゃあ、どうして僕にはこれが粘体蛞蝓に見えないんだ!」
目の前にあるのは、どう見ても人間の頭部。しかもまだ生きているように動く。
今までこんなことはなかったはずだ。
なぜ、急に粘体蛞蝓の姿が――
「それはね、私があなたに憑依しているからよ」
僕に憑依するロゼッタが不意に声を上げた。
これは彼女が僕に憑いている影響だとでも言うのだろうか。
「どういうことだ、ロゼッタ?」
「私の憑依がその人に馴染んでくると、魔蟲種の姿が常人とは少し違って見えるようになるのよ」
彼女の声にはいつもの陽気さが失われ、気迫が籠る。ロゼッタも目の前の生首に怯えているのだ。
「あれはね、魔蟲種の本当の姿なの」
「本当の姿だと?」
ロゼッタは深く呼吸をして、自身を落ち着かせる。蠢く生首をじっと見つめ、僕の口を使ってこう言った――。
「魔蟲種の体にはね、人間の魂が使われているの」
* * *
「さっきの話、詳しく教えてくれ」
「いいわよ。レイグが納得するまで解説してあげる」
粘体蛞蝓を風呂から排除した後。
僕は水魔術で浴槽を満たし、炎魔術で熱した金属棒で冷水を湯へと変えた。家庭用魔術が発展している帝国ならではの湯沸かし方法である。
僕はカミリヤに調理場を任せ、湯船に一人浸かった。
久々の入浴だ。
本来ならばあらゆる不安を忘れてゆっくり浸かりたいところだが、どうしてもロゼッタの言葉が頭を離れない。
「『魔蟲種には人間の魂が使われている』とはどういうことだ?」
生態が謎に包まれている魔蟲種。帝国内の学者も総力をあげて彼らの生態解明に挑んでいるが、重大な発見は今のところない。捕食活動も生殖活動もしない、他の生物種とはその行動パターンがかなり異なっている。
だが現在ロゼッタの言葉によって、その一端が明かされようとしていた。
「魔蟲種っていうのはね、特殊な魔術で現世に召喚された兵士なのよ」
「召喚された兵士だと?」
「あいつらはこの世界の生物じゃない、ってことよ」
ロゼッタが静かに語る。いつになく真剣に。
「あの粘体蛞蝓を見れば分かるけど、彼らの体には人間の魂が封入されてる。私の憑依を通して見ると、人間の魂の形がハッキリ分かるわけ」
「じゃあ、これまで僕が見てきた黒い甲殻のヤツらは何なんだ?」
「魂の持つ心の鎧が具現化した姿が、これまであなたが見てきた魔蟲種。でも、私のような女神はそれを透かして材料にされた魂の形をそのまま捉えることができる」
先ほどの生首は、魔蟲種に使われた人間の魂。
ロゼッタが僕に憑依して馴染んだことで、それを見えるようになってしまったらしい。
「だが、どうしてお前はそんなことが分かる?」
「え?」
「魔蟲種が召喚された兵士だなんて結論に、帝国内の学者どもは誰も辿り着かなかった。なのに、なぜお前はそれを自信を持って言える?」
風呂場に響く二人分の声は少しだけ沈黙し、ぴちょんという水滴が落ちる音がやけにうるさく聞こえる。
「ねぇ、死者の魂を使って魔蟲種を召喚する――って、何かに似てると思わない?」
ロゼッタの言いたいことは分かる。何度か聞いた話だ。
僕がカミリヤと出会う前――あの儀式の前に。
「お前が言いたいのは、勇者召喚のことか?」
「そうよ。死者の魂を使って勇者を召喚する。これが魔蟲種の召喚と酷似しているの」
カミリヤとロゼッタが失敗した勇者召喚の儀式も、そんな内容だったはずだ。自分の
魔蟲種もそれと同じ要領で作り出された兵士なのだろうか。
「魔蟲種が人間を攻撃するのも、召喚者の命令を受けているからだと思うわ。人間の魂を呼び出して兵士に変えているヤツのね」
「それって、まるで僕が聞いていた『女神の加護』っていう特殊能力に――」
「つまり、この世界にはもう一人いるのよ。天界にアクセスして、死者の魂を兵士として召喚できる人間がね」
ロゼッタの言葉の真偽はまだ分からない。彼女を信じるためには、僕の持つ情報が少なすぎる。
しかし、魔蟲種や勇者召喚の問題を片付けるには、ロゼッタを頼りにするしかないだろう。
「誰かが僕ら人間を殺す目的で、魔蟲種を召喚し続けているってことか……」
「そうなるわね」
僕は湯船に浸かりながら、ぼんやりと風呂場の天井を見上げる。
気の遠くなる話だ。
以前の自分なら絶対にこんなことは信じなかっただろう。
だが、今の僕はその一端に触れてしまっている。
女神の憑依。
人間の形をした粘体蛞蝓。
このことが、僕に無視することを拒否させる。
どうして世界はこんな事態になってしまったのだろう。
一体、誰が世界をこんな風に変えてしまったのだろう。
僕は長く息を吐き、湯船に体を深く浸けた。
そのとき――
「レ、レイグさん、お、お邪魔します」
「え……?」
たゆんたゆんと揺れる双丘。
全裸のカミリヤが、風呂場に入ってきたのだった。
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