第26話 カミリヤという全裸

「ロゼッタ、ここからは歩くぞ」

「え、マジで言ってんの、レイグ?」


 小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイトの襲撃後。


 僕らは移動手段である牢馬車を完全に潰された。馬を操れる看守は殉職してしまったし、肝心の馬も無惨な姿に変わっている。牢屋部分も横転し、木々の間に挟まってしまった。


 馬車を僕たちだけで再び動かすのは不可能。


 他の馬車を通るのを待つ方法も絶望的だ。


 ここは魔蟲種警戒区域の中にあり、軍が移動制限を定めている。

 民間の馬車はもちろん通れないし、討伐軍本隊の連中も戦闘に忙しいはずだ。いつ援軍の捜索部隊が来るか分かったものではない。


 食料も寝床もない状況で待ち続けるのは危険すぎる。

 それなら少しでも早く軍事拠点に辿り着けるよう歩みを進めておいた方がいい。


「仕方ないでちゅね。ここは討伐エリア範囲外でちゅけど、特別に活動を認めてあげるでちゅ」

「承認してくれて助かる」


 僕らは看守の死体に花を添え、林道を進み始めた。








     * * *


「ここは……一時的に放棄した集落か」


 林道を進んだ先に見えたのは、森に囲まれた小さな村だ。大通りを中心に木造建築の家屋が並ぶ。


 だが村人の気配はない。静かすぎる。


「レイグさん、この村も魔蟲種に襲われたんですか? 人が全然いませんけど……」

「ここが警戒区域に指定されたから軍に避難誘導されたんだろうな」


『魔蟲種出没注意!』

 集落のあちこちに危険を知らせる看板が立てられている。帝国軍が配置したのだろう。

 今頃、ここの住人は帝国内の仮設住宅に移住しているはずだ。


 試しに宿屋らしき建物の扉へ手を伸ばした。


「鍵はかかっていないようだな」

「ご、ごめんくださぁい」


 当然、誰の反応もない。

 屋内に荒らされた形跡はなく、ここの住人は魔蟲種から襲われる前に出ていったらしい。


「日が落ちてきたし、今日はこの宿屋で休む」

「で、でもそれって不法侵入じゃないんですか?」


 カミリヤが不安そうな瞳で僕の顔を覗き込む。

 こんなときに自分の身より法律を心配するとは、律儀というか何というか……。


「ここが警戒区域に指定されている以上、故意に家屋の破壊や物品の窃盗をしなければ法的問題はない」

「そうなんですか?」

「こうした無人家屋は兵士や避難民が負傷者の手当てしたり身を隠したりする場合にも使われる。そんな緊急時に不法侵入だのごちゃごちゃ言ってられるか」


 とは言え、小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイトのような上位魔蟲種が周辺をうろついている以上、屋内も安全ではない。

 警戒区域の中、どこにも平穏に過ごせる場所など存在しないのだ。








     * * *


 その夜のことだ。


「はわわわわ……!」


 カミリヤの慌てふためく声が宿屋全体に行き渡る。

 その声はキッチンで夕食の準備をしていた僕にも届き、スープの具材を切る手を止めさせた。


「どうしたんだよ、カミリヤ」

「た、たたた大変ですぅ!」


 そう言いながらキッチンへ駆けてきた彼女は、なぜか全裸だった。


「どうしてお前は全裸なんだよ」

「お、お風呂に入ろうとして……ひゃああ! レイグさん、見ないでくださいいい!」


 じゃあ裸で僕の前に現れるなよ!

 どうしたいんだよ、お前は!


「あらぁ、カミリヤったら裸を見せるのが好きねぇ」

「ち、違うんです!  ほ、本当にお風呂に入ろうとしただけで……!」


 彼女は両手で自分の恥部を隠す。

 ランプの小さな炎にゆらゆらと照らされる彼女の体は妖艶で、少女らしさはあまり感じられない。


 心の奥底に湧き起こる妙な感情に、つい僕は彼女の裸体から視線を逸らした。

 以前の僕なら彼女が一糸纏わぬ姿になったところで、それを地面を這う虫ケラを眺めるように見つめていたと思う。


 しかし今回は違った。

 それを凝視する自分が恥ずかしくなったのだ。

 これは僕のなかで彼女が少し存在が大きくなったということだろうか……。


「そ、それで……何があった?」

「魔蟲種ですぅ! お風呂場に出たんです!」


 カミリヤが体を洗おうとして魔蟲種に遭遇する――。

 何か、前にも経験したことのあるシチュエーションだな。前回は森の中だったが。


「それで、どんな魔蟲種だ?」

粘体蛞蝓スライム・スラッグです! いつの間にか外から入ってきたみたいで……!」


 やはり粘体蛞蝓か。

 魔蟲種内で最弱の存在。足で踏み潰すだけで楽に倒せる雑魚。


 それぐらい自分で倒せるようになれよ、カミリヤ。


「はぁ……仕方ない。倒してやるよ」

「ありがとうございます、レイグさん!」


 こいつの魔蟲種嫌いには、もう慣れてしまった。

 僕は調理を中断し、ボリボリと頭を掻きながら風呂場へ足を進めた。僕の後ろに不安そうな表情をした全裸のカミリヤもついてくる。


「ここが風呂だな」


 脱衣籠に彼女の服が畳まれている。脱衣した直後に魔蟲種と遭遇したのだろう。


「ったく、粘体蛞蝓スライム・スラッグくらい一人で――」


 僕はブツブツ言いながら風呂へ続く扉を開けた。


 だが、僕は浴槽の光景を見て絶句してしまう。


 な、何だ、これは?

 これは本当に、あの粘体蛞蝓なのか?


 木製の浴槽。

 その中に、もぞもぞと蠢く異形。


 ギョロリと動く目玉。

 半開きの口から覗くのは不揃いの歯。

 痩せこけた頬。


 そこにあったのは、人間の動く生首だった。

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