第25話 騎士という氷像

 魔蟲種。


 ヤツらの行動原理は今のところ、ハッキリしていない。

 あらゆる攻撃手段で人間を殺すだけ。

 人間の肉を食うわけでもなく、徒に命だけを奪う。彼らとコミュニケーションを交わせた例は一度もない。


 人間を殺した先に何があるのか。

 人間に代わって地上の支配者にでもなるつもりなのか。

 目的は誰も分からない。


 そもそもヤツらは「人間を殺す」という概念や意識を持っているのか。

 ヤツらが人間を殺す行為は、僕らが屋内に入った害虫を殺すような感覚なのかもしれない。


 例えば――


「キュィィイイイッ!」


 目の前にいる小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイト

 こいつもそう思っているのだろうか。


 ヤツは力づくで頑丈な牢馬車に穴を開ける。複眼が緑色に輝き、殺意を僕らに向けた。


「はわわわ……!」


 カミリヤは部屋の隅に体を丸くして怯えていた。

 前方には騎士。後方には逃げ場のない牢馬車の鉄壁。この状況、誰だって死を覚悟する。


「このクソ野郎が!」


 だが、あの看守のように無惨な方法で死に果てるなど御免だ。

 マグリナとかいう醜い上司に一矢報いることもできぬまま、ここで消えてたまるか。


 僕は震えるカミリヤを座席の下に押し込む。彼女を騎士の視界から隠し、少しでも生存率を上げさせるために。

 僕は狭い牢馬車内を駆け、体に勢いをつけて騎士の元へ飛び込んだ。


「きゃああああ、レイグ! あんた何やってんのおおおお!」

「うるせえ、駄女神! 一か八か、これしかねぇんだよ!」


 ドゴォ!


 僕はヤツが顔を出した穴に向けて、飛び蹴りを放った。靴底は頭部に命中し、騎士は一瞬だけ怯む。


 ヤツにこの蹴りが効くのは、これが最初で最後だろう。

 普段の騎士ならば、その戦闘能力を以て確実に蹴りをガードしている。


 今は穴から顔を出しており、腕を使えない状態だったため怯ませられたのだ。


 体勢を崩した小鬼蟲騎士。

 一瞬の隙を突いて僕はヤツの脇をすり抜け、馬主席へと走った。そこに僕らの武器が保管されているはず。

 牢馬車の反対側へ回り込み、騎士の視界から離れる。


 しかし――


「最悪だ……」


 馬主席の横に見つけた、武器の金属製収納ケース。

 そこに錠前がかかっているではないか。


 近くにそれらしい鍵はない。

 恐らく、看守の死体が持っている。


「キュイィィ!」


 だか、彼のところまで行って死体を漁る余裕などない。

 すでに目の前まで敵は迫っているのだ。看守はここから離れたところに倒れており、そこへ行くまでに後ろから槍で刺されるだろう。


 槍を構えながら僕へ近づく小鬼蟲騎士。


「すぐこの中に武器があるってのに!」

「キュイッ!」


 切迫した状況の中、僕は手に魔力を込めて錠前を握り潰し始めた。魔力を増幅する杖を持ち合わせていないため、威力はかなり落ちる。

 だが、この鍵を破壊するくらいはできるだろう。


「早く壊れろ……!」


 呪文のように念じる。

 錠前はビキビキと音を立てて壊れ始めた。徐々にひびが入り、ボロボロと崩れていく。


 それでも騎士がこちらへ迫る速度の方が上だ。


 気がつけば、槍を振り上げた騎士が目と鼻の先にいる。


「きゃあ! レイグぅ、もうダメよぉ!」

「うるせえ!」


 そのとき――


「や、止めなさい、化け物ぉ!」


 いつの間にか、騎士の背後にはカミリヤが立っていた。地面から小石を拾い上げ、敵へ投げ付ける。

 当然大した威力もなく、騎士にはダメージは与えられていないが。


 それでも敵の注意は引いた。


 小鬼蟲騎士は僕へ向かう足を止め、カミリヤへ振り向く。

 光る複眼に睨まれた彼女は再び震え上がり、その場に動けなくなってしまう。


「ひっ、あ、あの……はわわ」

「戦えないのに無茶しやがって!」


 槍をカミリヤへ突き出す体勢になる騎士ナイト


 騎士が彼女に気を取られている隙に、僕は手の魔力を一気に込めて錠前を潰した。鍵が外れ、収納されていた武器が姿を現す。


「カミリヤを傷つけるな!」


 僕は自分の得物である仕込み杖を掴み、騎士ナイトへ斬りかかった。


「ギュィィ……!」


 騎士ナイトの頭部に刺さる刃。

 溢れる黒い血液。


 騎士ナイトの槍は、カミリヤの額に刺さる直前で止まっていた。

 目を見開き、刃の先を凝視する彼女。

 また失禁したのか、足元に水が染みている。


「キュイィィ……!」

「頭を斬ったってのに、まだ生きてるのかよ」


 半分に割れた頭で振り向く敵。

 僕は急いで刃を抜き取り、騎士の動きに構えた。


 ドゴォッ!


 次の瞬間、騎士の回し蹴りが僕の頭を掠める。

 僕は当てる寸前のところで姿勢を低くし、頭上を通り過ぎた脚は牢馬車は吹き飛ばした。


 ここまで僕たちが乗ってきた鉄製の馬車が、重量があるにも関わらず小石のように転がる。

 もし僕が先ほどの蹴りを避けていなかったら、あの馬車と一緒に自分の生首まで飛ばされていた。


 僕は騎士の胸元に刃を突き立て、自分の魔力を一気に注ぎ込む。


「これで終わりだ、騎士ナイト


 杖によって増幅された魔力は強烈な冷気へと変換され、騎士の体を凍結させていく。

 何本もの氷柱が甲殻を貫き、そこにできあがった氷像はボロボロと音を立てて崩れた。


小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイト撃破。120ポイント獲得でちゅ」


 死体から浮き上がる蟲魂を観測し、カミリヤの背後に隠れていた58号が点数を告げる。

 騎士は魔蟲種の中でも強い部類だ。100ポイント超えは当然だろう。


「やったぁ! やったわね、レイグぅ!」

「……」


 しかし、今は点数などどうでもよかった。

 僕はロゼッタや58号の言葉に応じぬまま、無言で歩き始める。


 向かう先には、地面に座り込むカミリヤ。


「えっ……レイグさん?」


 僕は彼女を抱き締めた。

 弱々しいけど、温かい。


「あの、私、汚いですよ?」

「知ってる」


 失禁したことを気にしているのか、彼女は自分から僕を抱き寄せようとはしない。困惑した表情を浮かべ、僕に触れることを躊躇った。


 それでも僕はカミリヤを両手で包む。


 なぜか、そうしたかったのだ。

 命をかけて自分に攻撃の隙を作ってくれたカミリヤ。彼女が生きていることにホッとしてしまった。


「ありがとう、カミリヤ」


 僕は彼女に散々酷いことをしてきたかもしれない。鬱陶しい存在でしかなかった。


 でも今は違う。


 彼女が生き延びてくれてよかった。


 素直にそう思える。

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