第24話 小鬼蟲騎士という魔蟲種

「う、うわああああああ!」


 突如、カミリヤとの会話を遮る悲鳴。

 馬車を走らせる看守の声だ。


「きゃっ!」


 馬車が急停止し、カミリヤがその衝撃で床に倒れ込む。


「いたた……」

「何があった?」


 僕は座席から立ち上がり、小窓に走り寄った。


 窓から見えるのは、赤い景色。

 馬が殺されている。

 体を大きく裂かれ、臓物と骨が散らばっていた。


 誰の仕業だ、これは?


 それに肝心の看守が消えている。ヤツはどこへ行った?


 そのとき――


「こ、こっちにくるなああああ!」


 再び、悲鳴。

 牢馬車の後方からだ。


 僕は床に倒れるカミリヤを跨ぎ、今度は後方の小窓へ走る。


 鉄格子に区切られた景色。

 その背景には木々に囲まれた道が見える。


 必死になって何かから逃げる看守の男。


「ぐはぁう……!」


 どこからか急速に飛来した黒い槍。


 それが彼の背中を貫き、男を地面に伏せさせる。看守は血を吐きながら倒れ、そこに動かなくなった。

 絶命したのだろう。


「最悪だ……」


 これは間違いなくの仕業だ。


 やがて僕の視界に現れる黒い影。

 ゆっくりと看守の死体に歩み寄り、彼に刺さっていた槍を引き抜く。その刃から赤黒い血液がボタボタと滴り落ちた。


 死体をじっと見つめる殺人者。

 ヤツの体は漆黒の甲殻に覆われ、成人男性ほどの身長がある。複眼がエメラルド色に光り、感情のない殺意が満ち溢れていた。


騎士ナイト……」


 ヤツは小鬼蟲騎士ゴブリン・セクト・ナイト

 小鬼蟲系の上位魔蟲種だ。


 華奢な体ながら人間の運動能力を軽々と凌駕する化け物。近接戦闘に特化し、高い筋力と敏捷で目の前の敵を殲滅する。熟練した兵士でも苦戦は免れない。


 魔蟲種にしては珍しく武器を扱うことで知られる。人間には扱えないような巨大な得物を使い、その威力で敵を圧倒するのだ。


 ブチュ!


 騎士ナイトが死体の頭を踏み潰した。鋭い爪の生えた足は、人間の頭蓋骨を果実の如くぐちゃぐちゃにする。


「どうしたのレイグさ……ぶぐっ」

「静かにしろ」


 僕は起き上がったカミリヤを抱き寄せ、急いで彼女の口を塞いだ。


「ふぐっ……むぐっ……!」

「ヤツに気づかれる。音を出すな」


 彼女の息で自分の手が蒸れる。


 騎士は依然、死体の周りをうろうろしている。他に獲物がいないか確認しているのだ。


 現在、僕らの手元には武器がない。

 討伐エリアの外であるため、使っていた武器は看守に預けた。恐らく牢馬車の馬主席に置いてあるのだろうが、牢には鍵がかかっているため取りに行くのは不可能。


 素手でヤツと戦うなど自殺行為に値する。

 魔術師養成学校を主席卒業した僕であっても。


 幸いにも、ヤツに僕らのことは察知されてはいないようだ。

 頼むからこのまま過ぎ去ってくれ。

 今の状態でヤツと戦って勝ち目はない。


「キュイ!」


 緑の複眼が牢馬車の中を覗く。

 僕らは座席の下に隠れ、ヤツの視界に入らぬよう息を殺した。


 ザッザッザッ……!


 徐々に離れていく足音。

 どうやらヤツはここを去ってくれたらしい。


 やがて聞こえなくなる地面を踏む音。周囲は不気味なほど静かになる。虫や鳥の鳴き声さえ拾えない。


 僕はカミリヤの口を塞ぐ手を緩めた。

 随分と長く彼女と体を密着させていた気がする。恐怖で互いの心拍数は急上昇し、二人の冷や汗が混じり合った。


「はぁぁぁぁっ! 今のはホントにヤバかったぁ!」


 安堵したのか、僕の口がロゼッタの言葉を喋る。


 その瞬間――


 ドゴォォォッ!


 牢馬車の鉄壁を、槍の先端が貫く。

 遠ざかった足音はヤツの繰り出したフェイントだったらしい。騎士ナイトはまだ近くに潜んでおり、僕らが尻尾を出すのを待っていた。


「きゃああああ! 何よ、待ち伏せしてたの、この卑怯ものおおおお!」

「黙れ、ロゼッタ!」


 自分の叫んだ悲鳴を自分で静める。

 まさか、自分の口が放った声が襲撃の引き金になってしまうとは……。


 ドスッ! ドスッ!


 槍を馬車に突き刺しては抜き、突き刺しては抜きを繰り返す。硬度のある鉄壁にまるで紙のように穴が開いていく。それだけ騎士ナイトの攻撃力が高いことを示していた。


 ヤツは完全に僕らの存在に気づいている。

 馬車の壁を破壊し、僕らを引きずり出して殺すつもりなのだろう。


 ギィィィィィ!


 大きく開いた穴に光沢のある手が伸びる。怪力が鉄を裂き、穴を無理矢理広げた。


「キュイイイイッ!」


 穴の向こうから、騎士ナイトの複眼が僕らの姿を捉える。

 まるで宝石のようなその目は、美しくもおぞましい光を放っていた。

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