第22話 憑依という明晰夢

 その夜、変な夢を見た。


「どこだ、ここは?」


 どこまでも続く真っ白な空間。

 床も壁も天井もない。そこにあるのは白だけ。

 気が付けばそこにいた。


 これは夢だな。

 明晰夢というヤツだろう。


 何度か経験したことがあるが、今回はどんな夢だ?


 陰も重力もない不思議な場所。


 夢の中で徐々に意識が鮮明になってくる。


「そこにいるのは……カミリヤか」


 さらさらとした金髪。

 頭の頂点に立つアホ毛。

 透き通るような白い肌。

 豊満な双丘。


「何でお前は全裸なんだよ」

 

 自分のすぐ傍に、一糸纏わぬ姿の彼女が膝を抱えて座っている。

 これまで彼女の全裸姿は何度か見てきたが、それが夢に反映されているのだろうか。


 彼女は意識がハッキリしないのか、その瞳は虚空を見つめていた。口をポカーンと開けており、こちらに気付く気配はない。


 そういう僕も、なぜか全裸だが……。


「夢の中でもお前のアホ面を見るなんてな」


 この夢は、僕が彼女に対して何か特別な感情を無意識的に抱いている表れだろうか。


 そのとき――


「そこにいるのは誰だ?」


 しばらく彼女を眺めて気づいた。


 カミリヤの隣に誰かが立っている。


 純白の衣を纏った何か。

 その輪郭はもやもやとボヤけており、姿を鮮明に捉えることはできない。

 しかし、その大まかな体格から女性であることは分かる。まるで幽霊だ。


 そして――


「やっほ、レイグ」


 白い影が喋る。

 その声はカミリヤのものに似ていた。


 こちらへ手を振り、その口元は笑っている。


「お前は……カミリヤか?」

「違う違う。私はカミリヤじゃなくて、ロゼッタの方よ」


 ロゼッタ――カミリヤの持つ人格だったはず。

 確か、自称女神。


「レイグがなかなか言うことを信じてくれないから、女神様である私が直々にこうやってあなたの夢に出てきちゃった」


 は?


 またこいつは、頭のおかしいことを言っている。夢の中でも目茶苦茶な発言をするんだな、お前は。


 そんなことを思っていると、影が僕の方へと歩いてくるではないか。


「な、何だよ?」

「まーた、私のこと信じてないでしょう?」


 こんなこと、素直に信じられるか。

 これはただの夢だ。

 他人の夢に干渉できるなど、あり得ない。


「そんなに信じてくれないなら、私、あなたに憑依しちゃうから!」

「は?」


 大きく手を広げ、その影は僕に抱きつこうとする。

 

 夢への干渉?

 憑依?


 馬鹿馬鹿しい。

 オカルトもいいところだ。


 僕は彼女のハグを回避しようとするが、動けない。

 明晰夢とはいえ、そこまで自分の思い通りにはならないらしい。


「捕まえた、レイグ!」


 やがて僕の体を、輪郭のない彼女の腕が包み込む。


 ふんわりとした、温かい感触。

 それがどこか心地よかった。







     * * *


 そんな場面で、夢から覚めた。


 霞む視界に映るのは、横で眠るカミリヤ。

 牢馬車の小さな窓から差し込む光は朝日だろう。


「しかし、変な夢を見たものだな……」


 夢なのに、記憶がハッキリしている。

 あの温かい感触。

 まるで現実で体感したかのように覚えている。


 あの夢は何だったのだろうか。


 全裸のカミリヤ。

 ロゼッタを名乗る影。


 彼女へのイメージを凝縮した内容だった気がする。

 裸と、二重人格。

 録な印象がない。


 僕は夢のことを一旦頭から外し、背伸びとともに欠伸をした。


 そのとき――


「えっ、あの……レイグさん?」


 カミリヤも起床する。

 上半身を起こし、弱々しい声で僕の名前を呼んだ。


 だが、どうも彼女の様子がおかしい。


「カミリヤ。お前、今、僕のこと何て呼んだ?」

「レ、レイグさん……」


 以前の彼女は図々しくも僕のことを呼び捨てにしていた。「さん」をつけるなど、あり得ない。


 それに、彼女の態度もどこかおかしい。


 体が小刻みに震えており、僕と視線を合わせようとしない。大きな瞳は伏せられ、床をキョロキョロと見つめる。


 僕に怯えているのは明らかだ。


 演技か。

 それとも、昨日僕が彼女に恐怖を与えることを何かしただろうか。


「あ、あの……レイグさん?」

「何だよ」

「ロ、ロゼッタさんがいないんです!」


 は?


 最初からいなかっただろ、そんなヤツ。


 ロゼッタという人格の裏にある、カミリヤ本人を演じているつもりだろうか。


 僕は深くため息を吐き、頭を掻いた。

 こんな目茶苦茶なことを堂々と言えるヤツには付き合っていられない。逐一反応してたら、僕の頭までおかしくなってしまう。


 僕は彼女の言葉を無視し、防具の手入れを始めようとした。


 そのとき――


「「大丈夫よ、カミリヤ。私はここにいるわ」」


 僕の口が、勝手に言葉を発したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る