第20話 注意不足という失態
「本当にそんなことが起きたのか?」
「ええ、植民地ケダリア地区での出来事です。
僕らの常識を覆すような巨大な魔蟲種の存在。
そして、それを倒したとされる召喚された勇者。
そこで実際に何があったのかは分からない。
ただその出来事が、女神教団の勢いを増す要因になったのは確実だろう。
彼らは通常ではありえない奇跡のような光景を見た。そして、その中心にはカミリヤがいた。
もし本当にこんな巨躯を持つ魔蟲種が倒されたのならば、カミリヤを女神として崇拝したくもなるだろう。もう一度その奇跡を起こし、自分たちを守るために。
帝国と女神教団のカミリヤを巡る戦いは、宗教の考え方や支配権を争うものではない。
勇者が持つ強大な力の奪い合いなのだ。
帝国内で誰よりも
しかし、勇者の召喚には失敗し、皇帝関係者に嘘だと判断されて話は消えた。彼女の高い地位を以ってしても、彼らが下した討伐刑出向の決定に意見することは許されない。
だからマグリナは僕を使ってカミリヤを保護する手段に出たのだ。
* * *
アルビナスへ今回の報告を終え、カミリヤを待たせている基地の入り口へ戻っていたときのことだった。
「何やってるんだ、あいつら……」
カミリヤを待たせていた場所。
彼女が数人の男性兵士に囲まれて口論になっている。
「てめぇがルイゼラに命令して、俺たちの仲間を殺させたんだろ!」
「ち、違うわよ……!」
「お前、ルイゼラが崇拝する女神様なんだってな。信徒が悪事を働いた責任はどう取るつもりなんだよ、あぁん?」
昨晩ルイゼラが殺した帝国兵。彼らの同僚がカミリヤに詰め寄っているらしい。
この騒動でカミリヤが女神教団の信仰対象であることが兵士の間に知れ渡ってしまったようだ。
兵士たちの剣幕と脅し言葉に、カミリヤは今にも泣きそうな顔で縮こまっている。
複数人の男性が一人の若い女に厳しい態度で迫るのはいかがなものかとは思うが、仲間が殺されたとなれば仕方ないのだろうか。
そう簡単に兵士の怒りは収まらない。
「どうなんだよ、おらぁ!」
「うぐっ!」
兵士の力強い蹴りがカミリヤの腹部に命中する。彼女は腹当を着用しているとはいえ、あれは痛そうだ。
カミリヤは後方へ倒れ、さらに別の兵士が彼女を硬いブーツで踏み付ける。
「ほら、さっさと吐けよ! てめぇが指示したんだろ?」
「違う、私は命令なんか……」
「嘘ばっかり吐きやがって、この女がよぉ!」
仰向け状態になったカミリヤの脇腹に再び強烈な蹴りが入り込んだ。日々体を鍛え上げている兵士の格闘術は相当な威力だろう。
彼女の表情には苦悶の色が浮かび、何も言葉を出せないほどに怯えていた。
「何も喋る気がないんなら、ヤっちまおうぜ?」
「そうだな。こんな女にはもっと罰を与えてやらないと」
兵士たちはカミリヤの装備を強引に引き剥がすと、懐から取り出したナイフで彼女の下地の服を裂き始めた。布の裂け目から白い肌が露になっていく。
カミリヤはナイフを喉元に当てられ、動くことも声を上げることもできない。乾いた悲鳴が口を出た瞬間に消えるだけだった。
「おいおい、こいつ失禁してるぜ?」
「小便を漏らす女神様かよ、ハハッ!」
彼女を嘲笑う男たち。
ここまでくると、さすがにカミリヤが不憫になってくる。ここらで切り上げさせないと、今後の魔蟲種討伐に支障が出るかもしれない。
「もうそのくらいでいいだろ?」
僕は兵士たちの中に割り込んだ。獣のように欲望が剥き出しとなった兵士らの視線が僕に集まる。目が充血しており、興奮状態にあるようだ。
沈静化させるためには多少手荒な手段が必要だろう。
「何だお前、この女の相棒じゃねぇか」
「それが何だ? 股間にぶら下げてるだらしないものをしまえ」
「いいだろ別に。お前も森の中でこいつと楽しんでるんだろ?」
ここの兵士から僕はそういう風に思われているらしい。
女に飢えた男たちが考えそうなことだ。
「こいつと肉体関係はない」
「じゃあ、お前も俺らと一緒に楽しんでいけよ」
カミリヤは不安げな表情で僕を見ていた。
彼女の服はボロボロで、ほぼ全裸の状態。下半身は排泄物と地面の泥で汚れ、目も当てられない姿になってしまっている。
「悪いが、こいつを守るよう命令が出てるんでな。さっさと失せろ、変態ども」
「お前もこのクソ女神の教団員か?」
「そうじゃないが、お前たちの汚らしい下半身をいつまでも僕に見せるな。目に余る」
「何だと!」
僕へ殴り掛かってくる兵士たち。
カミリヤが兵士たちに囲まれていた時点でこうなるのは避けられなかったのかもしれない。
僕は基地内で兵士たちのヘイトがカミリヤへ向けられている状況を知りながら、彼女を一人の状態にしてしまったのだ。
僕は彼女を一人きりにする前、どこかに身を隠させておくべきだった。
だが、こちらも徒に暴力を受けるわけにはいかない。
この後、激戦区での魔蟲種討伐が控えているのだ。戦いに悪影響が出そうな負傷は残さない方がいい。
「遅い」
僕は兵士のパンチを横に避けると、足を引っ掛けて転ばせる。さらに別の兵士からもパンチが飛んでくるが、腕を掴んで背負い投げしてやった。
次々と地面へ叩き付けられる仲間にたじろぎ、残っている兵士たちの動きが止まる。
「こ、こいつ、ただの魔術師じゃないぞ!」
「野郎、何者だ!」
そのとき――
「おい、お前ら! これは何の騒ぎだ!」
低く覇気の篭った大声が、僕らの鼓膜をビリビリと刺激する。
声の出所へ目を向けると、そこに囚人管理担当のレオナスが立っていた。兵士と僕の喧嘩を発見し、駆け付けて来たのだろう。
できることならもっと早くこの騒動を止めてほしかったが。
* * *
レオナスの介入によって喧嘩は中断され、騒ぎはどうにか沈静化した。
あの後、すぐに馬車が用意され、僕らは怒りの溜まった兵士らの行動圏内から抜け出すことに成功する。
この騒動で僕らが取得した討伐ポイントはレオナスに没収されてしまったが、すぐに取り返せる数字だ。あまり問題ではないだろう。
僕もカミリヤも大きな怪我はない。体のコンディションは問題なさそうだ。
ただ一つ、問題が――
「カミリヤ、蹴られた箇所は痛むか?」
「……」
僕の質問に無言になるカミリヤ。
問題は彼女の精神コンディションに期待できないことだ。
彼女の貞操は守られたが、今回のことで心にトラウマが植え付けられた可能性がある。
「どこか痛いところがあれば治療するが?」
「……大丈夫」
「本当にないんだな?」
「……うん」
ガタゴトと揺れる馬車の中。
カミリヤは客車の隅で蹲っていた。声を掛けても返事はどこか上の空。
これまで馬車での会話は彼女の方が主導権を握っていたが、現在の口数は僕の方が上だ。
ギャーギャーとうるさかった彼女はどこに消えてしまったのだろうか。
聞こえるのは、馬車が舗装されてない道を走るガタガタという音だけ。
そのことが僕にどこか寂しさを感じさせる。
この状態で目的地に到着しても、彼女は使い物にならないだろう。
これからの魔蟲種討伐に暗雲が立ち込めていた。
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