第4章 まさか本当に、お前は
第19話 蠅の王・騎兵という魔蟲種
その翌朝。
僕とカミリヤは森林区手前の前線基地へ帰還した。
「おお、お前たちか。今、かなり面倒な事態になっててな」
基地の手前には討伐刑の囚人を管理するレオナスが立っており、神妙な面持ちで僕ら出迎えた。
彼の表情から察するに、基地で何か重大な異変が起きたらしい。
「お前たち、森林で女神教団に襲撃されなかったか?」
「はい、どうにか撤退させましたが……」
「やっぱりそうか」
彼は深いため息を吐き、基地の中へ視線を移す。
その先には、屋外へ運び出された6つの棺桶。白い布に覆われ、基地所属の兵士たちが涙しながら花を手向けている。
「実はな、この基地周辺を警備していた兵士も彼らの襲撃を受けてな」
「被害は?」
「兵士6名が犠牲になった。残された痕跡から、犯人はルイゼラ・ハーベドガスターだと思われる」
またヤツか。
彼女の並外れた身体能力ならば、普通の兵士が何人集まったところで仕留めるのは不可能だろう。
「今後も彼らの襲撃が予想されるため、お前たちの討伐エリアを変更することになった」
「つまり、僕らはこのオレネルス森林を離れる、ということですか?」
「ああ、そうだ。教団の連中に討伐場所が看破されてしまったから、本気で奪還作戦を計画される前に場所を移さねばなるまい」
それを僕に言い終えると、レオナスはカミリヤに顔を近づけた。
「この女をさっさと殺していれば、俺の部下は死ななかったかもしれんがな」
「え……」
「帝国政府の命令じゃなかったら、こいつをさっさと葬って教団の連中に一泡吹かせたいところだよ」
死んだ6人の兵士というのはレオナスの部下だったのだろう。
「ペッ!」
「うぅ……」
彼はカミリヤの顔に唾を吐き付けると、踵を返して去っていった。
カミリヤはしばらくの間、泣きそうな顔で怯えていた。
* * *
食料が支給され、壊れた仕込杖の交換も完了した。58号のカウントした魔蟲種討伐ポイントの報告も終了し、この基地で残る作業は馬車で別のエリアに移動することだけとなる。
基地の前に立ち、僕らは馬車の準備が整うのを待っていた。
次の目的地は、フルディア地区。
現在、その場所には魔蟲種が集結中で巨大な群れが形成されつつあるらしい。
帝国軍もそれに対抗して討伐刑の囚人を現地に送り込んでいる。囚人部隊が結成され、僕らもそれに加わるよう命令が出た。
そこはオレネルス森林よりも討伐作業の難易度が格段に高いことは確実だろう。すでに部隊では何人も犠牲者が出ているらしい。
だがこれは一気に討伐ポイントを溜めるチャンスでもある。オレネルス森林よりも魔蟲種の密度が高く、出会う確率も、1個体あたりが持っているポイントも高い。
「わ、私、そんなところに行って生き残れるかなぁ……」
「……」
カミリヤには是が非でも生きてもらう。
僕は彼女と一言も会話せぬまま、馬車の準備を待ち続けた。
そのとき――
「……アルビナス」
不意に感じた、僕の体を舐め回すような視線。
視線の出所は基地の建造物。その外壁に寄りかかってこちらを眺めているのは、童顔の爽やかな青年である。
彼はマグリナの従順な下僕でありペットの、アルビナスだ。
ヤツが再び僕の前に姿を現したということは、また何か報告があるのだろう。
「カミリヤ、ここで少し待っててくれ」
「どこ行くの?」
「すぐそこだ」
* * *
僕は彼女を一人その場に残し、アルビナスのいる場所へと歩みを進めた。
彼もそれを確認すると微笑み、建物の陰へと入っていく。なるべく人目につかぬよう、そこでひっそりと会話するつもりらしい。
「お久し振りです、レイグ様」
目の前の男は微笑み、軽く頭を下げる。
「報告の前に、お前へ聞いておきたいことがある」
「何でしょう?」
「女神教団にカミリヤの位置情報を流したのはお前か?」
極秘情報として扱われているはずの、討伐刑囚人へ割り当てられた討伐エリア。
それを女神教団の連中は、討伐が始まってからのたった数日で割り出した。しかも、僕が監視役として同行していることまで知っていた。
帝国側にいる何者かが彼らに情報を与えたとしか考えられない。
ここの前線基地にいるヤツらは僕が監視役であることまでは知らないはずだ。となると、今目の前にいる男や、彼の飼い主であるマグリナが怪しい。
「さぁ、何のことでしょう?」
アルビナスはわざとらしく笑みを浮かべた。
十中八九、犯人はこいつだ。おそらくマグリナの命令だろう。
どういうつもりかは知らないが、彼らは僕を地獄へ叩き込みたいらしい。
「まぁいい。いずれ尻尾は掴んでやる」
「レイグ様もお人が悪い」
「それで、僕が要求した情報は持ってきたんだろうな?」
「ええ、もちろんです」
アルビナスから手渡されたのは、黒い表紙の分厚い手帳。
これにはカミリヤの経歴を詳細に調査した記録が記されている。
彼女の過去については色々と気になる部分はあるが、現在最も知りたいのは「実際に勇者を召喚した」と彼女が言い張っている部分だ。
「カミリヤは『勇者を召喚して巨大な魔蟲種を倒した』と言っていた。それは事実か?」
「ええ。ワタクシも一通り目にしましたが、そういう情報もありましたね」
「それに関するページはどこにある?」
「ああ、それならここですよ」
「……何だ、この絵は?」
アルビナスが指すページには、魔蟲種らしき生物の絵が描かれている。
見たこともない個体だ。体型はハエトリグモに似ており、全身を覆い尽くす漆黒の甲殻を持つ。
周辺に殴り書きされている文章によると、カミリヤの召喚した勇者がこいつを倒したらしいが……。
「こいつは魔蟲種なのか?」
「はい、この個体の存在は最重要機密に指定されているため、帝国内でも一部の人間しかこれのことを認識していません」
「魔術師養成学校でもこいつのことは教えられてない。どうして存在を隠している?」
「国民を混乱させないためです。この存在が世間に知られれば、パニックが起きるでしょう」
絵を見たところ、よくいる陸走型魔蟲種のようも感じるが。
なぜこの個体の存在がパニックに繋がるのか、イマイチ分からなかった。
「このタイプの魔蟲種は、現在この1体しか確認されていません」
「随分と希少な個体のようだな」
「ええ。帝国軍はこの個体を『
戦場で稀に確認される魔蟲種の型だ。他の魔蟲種を率いるブレイン的な役割を担う特殊個体をこのように呼んでいる。
姿形は様々だが、他の個体よりも
ここまでは国民にも伝わっている事実。
問題はその先――
「こいつの存在がどうして国民のパニックに繋がるんだ?」
「ここ、見てください」
アルビナスはイラストの隅を指差した。
そこには小さな黒い汚れのようなものが描かれているが、インクの飛び散った跡にも見える。
「この汚れがどうした?」
「これ、
バカな。
こんなの……ありえない。
その絵の意味を理解できたとき、しばらく僕は絶句していた。
胡麻粒のようにしか見えなかった汚れは、人間の大きさを表している。
そして、その隣にある
つまり、この魔蟲種は圧倒的に巨大な体を持つ、ということだ。
全長200メートル。高さ150メートル。推定重量数百万トン。
こんなバカげた魔蟲種が存在しているというのか!
「こいつの強さは?」
「帝国軍が調査部隊を派遣したとき、すでに息絶えていて正確な強さは分かりませんでした。それでも死体を調べたところ、討伐ポイントに換算して50000ポイントは軽く超えるという検証結果を導き出したようです」
凶悪な殺人犯も、こいつを倒せば一瞬で釈放されるレベルだ。
そこらにいる
気が付けば、手帳を持つ僕の手が震えていた。
首筋を冷や汗が伝う。
こんな化け物が実在するならば、帝国はおしまいだ。こいつが歩くだけで街は瓦礫と化す。
これが国民に存在を隠す理由なのだろう。
それよりも気になるのは――
「まさか、こいつをカミリヤが倒したのか?」
「死体には数十メートルにもなる巨大な傷跡が幾つも発見されました。人間以外の何者かが倒したことは確実です」
「それが勇者の仕業だと言いたいのか?」
「はい。マグリナ様が勇者召喚能力の有無を確認したがっている理由はこれなんですよ」
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