第18話 カミリヤという依代
「あのお婆さんはルイゼラ・ハーベドガスター。女神教団過激派の主教で、女神親衛隊のリーダーなの」
「それは知ってるが……」
ルイゼラ率いる女神教団の連中が僕らの前から去った後、別の休息場所を求めて移動した。
敵から発見されにくそうな岩陰に身を潜め、カミリヤに質問をぶつける。
「僕が聞きたいのは、なぜあんな危なそうなヤツがお前なんかを崇拝しているのか、ということだ」
「それは……私が本物の女神だからよ」
何を言ってるんだ、こいつは。
自分で自分のことを『女神』と呼ぶなんてどうかしている。
「どうしてあの婆さんや信徒はお前が女神ということを信じている?」
「あの人たちはね、私が勇者を召喚するところを実際に見たの」
また『女神の加護』に関係する話か。
「まだそんなことを言ってるのか、お前は!」
「な、何よ」
「お前は皇帝陛下の前でそれをできなかったじゃないか!」
「それは……」
「この森林での戦いだってそうだ! 本当に召喚できるなら、さっさと勇者を呼び出してこんな刑罰を早く終わらせろ!」
戦士を召喚できるような魔術があるなら、ここでさっさと使えばいい。
そうすれば一気に敵を片付けられる。彼女自身もこんな罰から解放されるだろうに。
「ご、ごめんなさい。今は……できない。どうしてかは分からないけど……」
カミリヤは俯いて答える。
「で、でも本当なの。あの人たちは私の勇者を見たから、女神として私を崇めている。私の召喚した勇者が、巨大な魔蟲種を倒して消えていく瞬間を……」
彼女が口にしたこの情報の真偽は不明だが、教団員はその光景を見たことでカミリヤの従者になったらしい。
トリックを使って、信者へそのように見せかけたのだろうか。
それに、彼女は「巨大な魔蟲種」と言ったが、実際どれだけ大きいかは分かったもんじゃない。
例えば、魔蟲種の中に
甲虫のような角と怪力が特徴の魔蟲種だが、動きは鈍い。その性質さえ理解すれば単独での撃破も可能だ。
そこそこ大きい魔蟲種を、金で雇った戦士に民衆の前で倒させただけではないだろうか。
昔は召喚できたのに、今はなぜかできない。
そのことが僕に彼女の話を嘘だと思わせる。どうも胡散臭い。
もしそれが本当ならばこの仕事を遂行するための大きな鍵となるだろうが、僕の心が信じることを拒絶する。
「僕がこの目で見るまでは信じられないな」
「そんな……」
僕はこの話を保留することにした。ここで話をいくら掘り下げたところで、僕の納得いく答えは見つからないだろう。
僕は別の質問に移った。
「それともう一つ聞きたいことがある」
「な、何を……」
「どうしてお前には『カミリヤ』と『ロゼッタ』という二つの名前がある?」
死神ルイゼラはカミリヤのことをロゼッタと呼んでいた。
そして、僕が彼女のことを前者の名前で呼ぶと、ルイゼラは鬼のような剣幕で後者の名前で呼ぶように訂正を求めた。
教団内部では「カミリヤ」という名前は嫌われているらしい。「ただの器だ」とか「薄汚い小娘」だとか散々に言われていたが……。
「それは、私が二人で一人だからよ」
「どういう意味だ?」
「私にはね、二つの人格があるの」
また話がおかしな方向へ進んできた。
インチキ勇者召喚芝居疑惑の次は、多重人格だと?
「依代のカミリヤと、それに憑依した女神ロゼッタ。少女の体に女神の魂が宿っている状態なの。女神教団は魂だけを崇拝していて、別に依代自体はそこまで重要じゃないみたい」
「信じられるか、そんな話」
「レイグが聞いてきたから話してあげたのに、それは酷くない?」
こんな内容に「なるほど、そうなんですね」と頷ける方がどうかしている。
「じゃあ、今、お前はどっちの人格なんだ?」
「ロゼッタだけど?」
「女神の方か。それで、カミリヤはどうしている?」
「意識はあるけど、あなたの前には出たくないみたい。臆病で恥ずかしがり屋だから……」
僕の前でボロを出さないよう、人格を統一しているのだろう。
教団の連中も、こんな嘘に付き合わされて大変だな。それを素直に信じるなんてお人好しもいいところだ。
「分かった、もういい」
「信じてくれた?」
「別に。それを証明する根拠もないからな。僕に信じてほしかったら、さっさと勇者とやらを召喚して見せろ」
僕はそう言い捨てた。
その場で横になり、カミリヤへ背を向ける。
「僕は寝る。戦闘で疲れた」
「お、おやすみなさい……」
「明日は前線基地に戻る。食料の支給日だ。それに、女神教団の襲撃があったことも報告したい」
彼女の話など、僕は微塵も信じていない。
僕へ話された内容のどれもが現実離れしており、確証を得ないからだ。
女神教団とやらは、こんなしょうもない嘘を信じ切った連中なのだろう。
ルイゼラとの死闘で僕の想像以上に疲労が溜まっていたらしい。目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。
もうあんな狂人とは出会わないことを祈る。
だが、こちらがカミリヤを抱えている以上、それは難しいかもしれない。ヤツらがこれで女神奪還を諦めるだろうか。
そんな不安を抱えながら、僕は眠りに落ちた。
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