第17話 ロゼッタという女神
やはり、この仕事には敵も味方もヤバいヤツしかいない。
いや違う。そもそも僕に味方がいるのかすら怪しい。
昔、誰かが言っていた『戦場ではまともな人間から死んでいく』という言葉。
もしそれが正しいのであれば、僕は真っ先に死ぬだろう。
ここ最近、狂っているヤツと関わる機会が増えた。常人には理解しがたい言動で僕を困惑の渦に巻き込んでくる。
例えば――
「キィエエエエエエッ!」
目の前で奇声を上げながら巨鎌を振るう聖職者。
こいつのヤバさには勝てる気がしない。人間、一体何をどう間違えばここまでの狂人ができ上がるのだろうか。アルビナスやマグリナも相当ヤバいヤツだったが、彼らの方が可愛く見える。
「あなたも女神ロゼッタ様に魂を捧げるのですうううう!」
相手はただの老婆、という訳ではなさそうだ。骨と皮だけのような肉体からは想像できないほどのパワーが攻撃に生まれている。
僕に遠距離から魔術で攻撃する余裕はすでになかった。僕は咄嗟に仕込み杖の刃を出現させ、鎌による攻撃をガードする。刃同士から発せられる火花は、その衝撃の強さを物語っていた。
「補助魔法で杖の強度を増幅しているのですかぁ!」
「お前こそ、その鎌に魔術が施されているみたいだがな!」
仕込み杖に予めかけていた補助魔法。一時的に刃の硬度を増し、杖を折れにくくする魔術だ。これさえあれば細い刃でもしばらくは敵の攻撃に耐久できるだろう。もしこれがなかったら、僕は先程の鎌に杖ごとスッパリ胴体を斬り落とされていた。
おそらく、ルイゼラの鎌もこの杖と同じような仕組みが施されている。
「キィエエエエエエッ!」
森林一帯に老婆の奇声が響く。
反撃を許さない怒涛の連撃。
目の前の敵は人間を超えた化け物なのかもしれない。
そのとき――
「ロゼッタ様を返せえええ!」
僕の背後から老婆の部下である別の信徒が迫ってくる。その手元にナイフの刃がギラリと光っていた。
「雑魚は引っ込んでろ!」
ドスッ!
僕は当たる寸前のところでナイフを避け、カウンターとして杖の刃を黒装束の心臓に突き刺した。背中へと貫通する感触。杖に血が滴り、僕の手元を生温かい液体が濡らす。
「ぐおっ……!」
「このババアみたいに、もっと狂ってから出直して来い!」
僕は杖を振り、刺さった黒装束を遠くへ放り投げた。補助魔法によって強化された筋力は男を軽々と宙に浮かび上がらせ、彼は木の幹に叩き付けられる。
そのまま根元に落ちた信徒は――
ドオオオオオオン!
地雷魔法陣の餌食となって四散した。僕は地雷を設置した位置を狙って彼を投げたのだ。爆発に少しでも多くの敵を巻き込んで数を減らせればいいと思って。
この爆風によって他の信徒たちは狼狽し、僕にじりじりと歩む足が止まる。何人かの黒装束に爆発の炎が燃え移り、火達磨となって地面を悶え転がっていた。
その一方、ルイゼラは仲間の死体が燃える様子を見て恍惚とした笑みを浮かべている。
「ヒヒッ、これは素晴らしい! さすが、帝国から監視役に抜擢されるだけの実力はありますね!」
「仲間がやられたのに随分と嬉しそうだな」
「ここで死んだ彼はロゼッタ様による勇者召喚の糧になったのです! いつの日か彼は再び勇者として下界に降臨してくることでしょう!」
ルイゼラに仲間意識というものはない。仲間の死すら彼女の歓喜を呼び起こす対象なのだ。死神以上に他者の死を望んでいる。
「ですが、あなたの命運もここまでのようですね!」
信徒の心臓を突き刺した杖の刃。
それが大きく折れてしまっていた。
いくら補助魔法をかけていても、酷使すればダメージは蓄積していく。ルイゼラの鎌によって、とうとう刃が耐え切れなくなったのだ。
「これで接近戦ができなくなりましたね、ヒヒッ!」
「この化け物が……」
「それで、どうするつもりです? まだその刃で近接戦闘を続けますか? それとも、魔術で戦いますか?」
折れた刃ではルイゼラの鎌をまともに防ぐことなどできない。
魔術攻撃の方は撃てないこともないが、杖が破損しているせいで威力が格段に落ちるだろう。しかも魔力を集中させるのに時間がかかる。魔力を溜める間は隙だらけの状態になるため、その一瞬に鎌が僕を切り裂くはずだ。
僕にはここから戦闘を巻き返す手段がない。
完全に詰みだ。
やはり戦場ではまともなヤツから消えるというのは正しいらしい。
「さぁ、あなたの魂も我らの主へ捧げるのです!」
ルイゼラは鎌を大きく振り上げ、僕へ迫った。
勝ち誇った笑みを浮かべながら。
そのとき――
「待ちなさい、ルイゼラ!」
僕の背後から怒りの篭った声が響く。
「やっと起きたか」
「ごめんなさい、レイグ。この事態に気付けなくて……」
振り返ると、そこに金髪の乙女、カミリヤが立っていた。
戦闘中もずっと眠っていたが、やっと眠りから覚めたらしい。
「ああっ、女神ロゼッタ様ぁ!」
カミリヤの覇気の篭った言葉に、ルイゼラを含めた信徒たちの攻撃が一斉に止まる。その場に跪き、指を組んで祈りのポーズを見せた。
自分たちの崇拝する女神の目覚め。
僕はこれまでの行動からカミリヤに女神らしさの欠片も感じてこなかったが、女神教団の信仰対象として拝められていることは間違いないらしい。
「ルイゼラ・ハーベドガスター、あなたは今すぐ信徒たちを率いて本部に帰還しなさい」
「し、しかし、我々はあなた様を帝国から救出するために……!」
「私は大丈夫です! いいから行きなさい!」
「ははぁッ! 仰せのままに……」
あれだけ狂気と殺意に満ちていたルイゼラが、親に叱られた子どもの如く従順になる。
その奇妙さに僕は呆然となり、これまで彼女に命を狙われていたことも忘れて立ち尽くしていた。
「女神様の言葉は聞きましたね? さぁ、信徒たちよ、我とともに本山へ去るのです」
ルイゼラは仲間を引き連れ、木々の陰へと姿を消していく。やがて僕から黒装束の姿は見えなくなり、森林に静けさが戻った。そこに残されたのは、魔法陣で黒く焼け焦げた仲間の死体だけ。
魂を女神に捧げることを目的に生きている信徒たちにとって、その抜け殻には興味がないのかもしれない。
どうしてそこまで態度がコロコロと変わるのか。
「レイグ、大丈夫だった? ルイゼラたちに酷いことされなかった?」
「あ、ああ……杖は壊されたが、無事は無事だ」
「そっか……よかった」
カミリヤが安堵した微笑を浮かべながら、僕の瞳を覗き込んだ。
普段はバカでうるさいヤツだが、今だけはこの顔にホッとさせられる。先程まで行われた戦闘の激しさを僕に忘れさせた。
「あれ? 手に血が付いてる!」
「これは返り血だ。僕に傷はない」
「でも大変だったでしょ? ごめんなさい、私の信徒が……」
カミリヤは苔や落ち葉の上に横たわる信徒の死体に近づいてしゃがみ込む。開いたままの瞼を閉じさせ、指を組ませた。
彼女は彼らの冥福を祈っているのだろう。
ずっと俯いて僕からは表情が見えなかったが、頬に雫が光っているのを確認できた。死体を触る手が微かに震えている。
彼女も女神教団の関係者ではあるが、どうしてここまで言動が違うのか。
僕の頭の中は、こいつへ聞きたいことで溢れ返っていた。
「場所を移るぞ、カミリヤ」
「えっ」
「戦闘の騒ぎで魔蟲種が集まってくるかもしれない。討伐ポイントを稼ぐのもいいが、今はお前とじっくり話したいことがたくさんあるからな」
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