第16話 ルイゼラという主教

 ドォォォン!


 仕掛けた地雷式爆発魔方陣が発動する音が、森の静寂を打ち破る。樹上で眠っていた鳥が一斉に羽ばたいた。


「爆発……?」


 鼓膜を破るような轟音と、全身を包み込む熱風で目が覚めた。急いで体を起こし、炎の出所を探し出す。

 魔方陣が爆発したということは、何者かが近くにいる証拠だ。


「誰だ、こいつらは?」


 炎の揺れる光で露になる黒装束たちの影。

 そして、彼らの中心には鎌を持つ死神。スータン姿の老婆がこちらへゆっくりと歩んでいる。聖職者のような格好をした彼女だが、そのような雰囲気はとても感じられない。白髪の生えた骸骨みたいな顔がニタニタと笑っていた。


 こいつは明らかにヤバい。常人の精神を持ち合わせていない。


 彼女のかける首飾りには、女性を象った金色の紋章。間違いなく彼らの正体は――


「お前ら……女神教団とかいう連中か?」

「よく分かってるじゃありませんか」


 その容姿からして、彼女は女神教団の主教であるルイゼラ・ハーベドガスターだろう。

 教団員を指揮するリーダーとも言える存在で、自分の思想に反する者を容赦なく殺害するといった非常に冷酷な人物として知られている。帝国内ではトップレベルの要注意人物として報道されており、その名前を聞かない日はない。


 そんなヤツが目の前にいる。

 老婆は鎌の間合いに僕が入る直前で立ち止まり、僕の足元で眠るカミリヤへ手を向けた。


「我らの女神様を返してもらおうか」


 やはり、彼らはカミリヤを刑罰から奪還するためにここへ来たのだろう。


 僕とカミリヤが赴いた討伐エリアは軍内部で他言無用の情報のはずだ。詳しい経路までは不明だが、女神教団は不正にその情報を入手したに違いない。


「そ、それは困ります。僕はただの罪人で、そんな権限ありませんし……」

とぼけるつもりですか、ヒヒッ! あなたが特別に雇われた監視役だってことは、とっくに我々の耳まで届いてるというのに」


 そこまで知っているのか。

 これは確実にどこかから情報が漏れている。前線基地の連中は僕のことをカミリヤの付き添いになったただの罪人として認識しているはずだ。一般の兵士ですら知らない情報を入手しているとなると、情報漏えいには階級の高い人物が関与していることになる。


 適当に身分を誤魔化して戦闘を避けようとも思ったが、彼らがそれを知っているとなるとそうもいかない。


 相手は粛清として帝国兵を何人も殺しているヤバい連中だ。僕が帝国政府関係者だと知られているなら、僕は彼らの粛清対象になってしまう。攻撃は免れない。


「バレてるなら、見逃してもらえそうにもないな。僕を殺して女神様とやらを取り返すつもりか?」

「ほら、やっぱり分かってるじゃないですか」

「で、お前らはどうやってカミリヤを解放す……」

「『ロゼッタ様』だァっ!」


 僕が「カミリヤ」の名前を口に出した瞬間、死神の表情が豹変する。

 元々殺意に満ちた表情だが、それへさらに狂気が加わった。鎌を握る手が今にも振られるかのようにガタガタと震える。


 僕は何か彼女の逆鱗に触れるようなことを喋っただろうか。


「我らの女神様を依代よりしろの名前で呼ぶなァッ!」

「よりしろ?」

「あんな薄汚い小娘は、我らの崇高なる女神ロゼッタ様とは違う! 依代の名で呼ぶことはロゼッタ様に対する侮辱に値する! あの娘はただの器に過ぎないのだからぁ!」


 どうやら、カミリヤのことをそのまま「カミリヤ」と呼ぶのは教団の間ではご法度らしい。


 この婆さんの話をまとめると、カミリヤには別の名前があり、「女神ロゼッタ様」と呼ばれているようだ。

 教団の連中にはどこに言葉の沸点があるか分からない。思っていた以上に彼らとの会話には慎重になった方がいいだろう。


「そ、それでお前たちはどうやってここにいる女神様を連れ去るつもりだ? この看守魔導人形ゴーレムが僕たちへの監視を解除しない限り、この森から彼女を安全に逃がすことはできないぞ?」


 僕の視線の先は、クマのぬいぐるみを模した魔導人形ゴーレム『58号』。

 こいつは四六時中、討伐刑受刑者を監視している。勝手に監視エリアから離脱または人形への破壊行動を行うと、懲罰用魔法陣が発動する仕組みだ。

 受刑者には背中に遠隔で痛みを与えることを可能とする魔法陣が描かれており、58号は不正を働く者の魔法陣に対して発動シグナルを送信できる。これが発動すると皮膚が焼けるような痛みが背中に走り、受刑者はその場で転げ回るしかない。


「そうでちゅよ? ボクを壊して脱獄しようものなら、彼女に死ぬような痛みをプレゼントしてやるでちゅ!」


 58号は可愛らしい外見に似合わない言葉で老婆を脅す。


「ヒヒッ! もちろん、我らもそのクマの人形が易々と逃がしてくれはしないことを知っていますよ。ですが、ウチの教団には優秀な魔術研究者も結構いましてね。遠隔与痛魔法陣の解除方法は突き止めているのです」

「それは、お前らの技術力も大したものだな」


 老婆は鎌を持ち構え、その刃を僕へと向ける。


「ですから、ロゼッタ様を刑罰に付き合わせようとするあなたは邪魔な存在なのです。あなたも魂を捧げてもらいましょう」

「魂を捧げるだと?」

「勇者召喚のためには、死者の魂が必要不可欠なのです! あなたもロゼッタ様が勇者を作るための礎となるのです!」


 やはりこいつらはヤバい連中だ。女神教団が人間を殺す原理はそういう考え方にあるのだろう。


 カミリヤが持つとされる特殊能力『女神の加護』。それは死者の魂から勇者と呼ばれる戦士を形成するというものだ。

 その能力が実在すると仮定して、発動のために誰かが死ぬことが必要になる。勇者の素材となる魂を無理矢理生きた人間から殺すことで引き剥がす。そうやって彼らは女神に忠誠を誓っているのだ。


「すーすー……」


 肝心のカミリヤはまだ睡眠中だ。爆発やら会話やらが近くで起こっているというのに、どうしてそんなに眠っていられるのだろうか。


「お、おい! どうにかしろよカミリヤ! お前の信徒なんだろ!?」

「『女神ロゼッタ様』と呼べえええええ!」


 巨大な鎌を木の枝同然に軽く振るう老婆。「カミリヤ」という言葉が逆鱗に触れたらしく、得物の動きは乱雑だ。しかし、それをカバーできるほどに素早い。


 瞬きをした間に、鎌は自分の傍まで接近していた。

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