第15話 カミリヤという残念美人

 カミリヤはどういうつもりなのだろうか。

 本当に刑罰を終わらせる気があるのだろうか。


 闇と静寂に包まれた森。

 パチパチと音を鳴らす焚き火を、ぼんやりと見つめながら僕は考え事をしていた。


 もうすぐ物資の支給日。基地で携帯食料・回復薬の調達や武器の整備などをできる。

 森林で魔蟲種を討伐中、カミリヤの低い運動能力を考慮して基地へ帰還するルートも計算し直した。


 だがそのおかげで魔蟲種が多く生息する森林の奥地へ潜れず、あまり討伐ポイントは稼げなかった。

 僕らが遭遇できたのは雑魚でポイントが低い粘体蛞蝓スライム・スラッグ小鬼蟲兵士ゴブリン・セクト・ポーンだけ。3日間森林に滞在して500ポイントも入手できてない。

 僕ができた活動と言えば、カミリヤが眠っている深夜に小規模な群れを一掃したくらいだ。


 目標は100000ポイントなんだぞ。

 分かってるのか、駄女神騎士。

 この討伐ペースじゃ何ヶ月かかるか分からんぞ。


 ずっとこの森で討伐刑をしなければならない可能性を考えると辛い。


 僕は横で眠るカミリヤを他所に、目の前をふよふよと浮かぶ58号へ問いかける。


「なぁ、58号」

「何でちゅか?」

「僕たちの討伐刑執行エリアを、もっと敵がいる場所へ移すことは可能か?」

「原則認めることはできないでちゅ。君たちにはこの森で頑張っていただきたいでちゅ!」


 やはりダメか。

 囚人の仲間などが手助けできないように、基本的に誰が何処に赴いたかという情報は軍事機密として扱われる。囚人を別の討伐場所に移動させると、そうした情報の書き換えなど面倒な手間が伴う。簡単に要望を許可してくれるわけがない。


 刑執行中、余程のことがなければ僕らはオレネルス森林地区から離れることは無理だろう。

 僕はずっとここでこの女に付き合わなければならないのか。


 僕はカミリヤの寝顔を眺めた。


「しかし、よくそこまでぐっすりと眠れるな、お前は」

「すーすー……」


 現在、周囲に魔蟲種がいる痕跡は発見できていない。今日はこれ以上起きていても収穫はなさそうだ。


 僕も眠ろう。


「58号、僕は地雷をセットしてくる」

「行ってらっしゃいでちゅ」


 就寝前、僕はいつものように周辺へ地雷式魔法陣を張り巡らせる。落ち葉の下、木の根元など、自分たちのキャンプを取り囲むようにしてあちこちに。


 何者かがこれを踏めば、魔方陣が発動して爆発が起こる仕組みだ。この魔方陣はそこそこ威力が高く、魔蟲種討伐では重宝するらしい。

 小鬼蟲兵士程度なら一撃で仕留められるし、さらに強力な魔蟲種でも足を吹き飛ばすくらいの攻撃力はある。

 拠点の防衛から狩猟まで、その用途は豊富だ。


 また、火薬による爆発物と違い、不発弾として長期間残りにくいこともメリットとして挙げられる。

 基本的に魔方陣による魔術というのは、作成した直後に発動させないと効果が下がる。魔方陣の持つ魔力が時間経過で徐々に失われていくためだ。

 それに、風雨で魔方陣の線が消えれば無効化できる。数週間経っても魔力が残っていることはありえない。


 僕の施した魔方陣は人間に対しても発動するが、こんな場所へ滅多に人など来ないだろう。地元の人間へは軍から立ち入り禁止令が出されているし、軍の定期掃討作戦も時期的にまだまだ先だ。軍がここへ入る頃には魔方陣の魔力は尽きている。

 もっとも、キャンプを発つと同時に魔方陣は回収するつもりだが。


 地雷設置が完了したら、次は自分たちの体に補助魔法をかける。防御や敏捷などを増幅させた。これで敵襲があってもすぐに対応できるだろう。


 一通り対策を行い、僕はすやすやと寝息を立てるカミリヤの隣で横になった。

 僕の息がかかりそうな位置に彼女の顔がある。


「ほんと、奇っ怪な行動さえしなければ普通の美人なんだがな」


 僕はカミリヤの整った顔立ちを見ながら思う。


 帝都での勇者召喚のときから今までずっとカミリヤを傍で観察してきたが、彼女は内面で確実に損をしている。黙って性格を隠していれば、いい男に出会って華やかな人生でも送れただろうに。


 麗しい外見で作られた好印象が、その行動によって崩壊していくのだ。俗に言う、残念な美人というヤツだろう。


「まるで、そっくりだな……」


 カミリヤを見ていて、不意にのことを思い出す。


 魔術師養成学校時代、僕の傍には変な性格の女がいた。

 彼女の名前はエルシィ。同じ学校の同期生だった。

 そいつは美人なうえに博識で、表面だけを見れば非の打ち所がない。

 だが親しく接していくうちに、その本性が明らかになっていった。今振り返っても、変なヤツだったと思う。


 そう言えば、今エルシィは何をしているのだろうか。


 瞼を閉じると、彼女のあどけない笑顔が浮かぶ。

 彼女とはまたどこかで会えるだろうか。


 そんなことを考えるうちに、僕の意識は遠くなっていく。


 そうして僕はようやく眠りへと落ちた。










     * * *


「おい、あそこに誰かがいるぞ」


 ザクザクという枯葉を踏む音が森林を進む。


「あれは……ロゼッタ様ではないのか!?」

「あの姿は、間違いありません」


 黒装束の集団が自分たちの女神を探し当てた。

 木々が開けた空間に、若い男の隣で眠っている金髪の乙女。

 黒ずくめの彼らは、その輝きに引き寄せられるかのように女へ近づいていく。


「あぁ、我らの女神様あ!」


 そのとき――


 ドオオオオオン!


 近づいた信徒の足元が発光し、爆炎が吹き上がる。


「ぎゃあああっ!」

「お、俺の体があああっ!?」


 炎に吹き飛ばされ、周辺に伸びる大木の幹へ叩き付けられる信徒。黒装束に炎が移り、彼らの皮膚を轟々と焼き焦がす。


「じ、地雷型魔法陣だ! 気を付けろ!」


 魔法陣を踏んだ信徒の下半身は爆発によって消失し、臓物が露出していた。

 本来、魔蟲種に使われるはずの高い殺傷能力を持つ魔術。それが人間へ向けられたのだ。


「何をしているのです? あなたたち、早く進みなさい」

「ルイゼラ様! ここは危険です! 一度態勢を立て直してから……」

「すぐそこにロゼッタ様がおられるのですよ。地雷魔法陣などに怯えている場合ではありません」


 ルイゼラは鎌を強く握り、白刃に自分の殺意を宿らせた。

 そして、彼女の足は地雷を踏んだ重傷の仲間の元へと進んでいく。


「ル、ルイゼラ様?」

「ロゼッタ様のために、勇者召喚の糧となりなさい」


 ドスッ!


 黒装束の信徒へ突き立てられる刃。


「彼はロゼッタ様が勇者召喚に必要とする、魂の基になったのです!」


 同じ信徒である部下を殺しても、その表情に罪悪感などは感じ取れない。


 ルイゼラの行動に仲間たちは無言を貫く。ここで死んだ彼が、勇者として現世に再度降臨することを祈りながら。


 女神に魂を捧げることを生き甲斐にする死神。その血塗られた鎌がレイグたちに近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る