第12話 巨乳という歩行妨害
どうも最近、頭のおかしいヤツとばかり関わるようになった気がする。
ペテン師の駄女神騎士。
そんな似非女神の付き添いとして部下を戦場に送るドS女上司。
その女上司が大好きな従順下僕変態ショタ。
こんな連中が今の任務に大きな関係を持つメンバーだ。不安しかない。
魔術師養成学校を主席卒業して、帝国政府中央職員へ就職して、大臣の秘書にまで昇っていた自分。順調だった僕のエリート出世コース。
しかし現在、僕がいるのは魔蟲種という化け物だらけの森林。しかも、ペテン師女の面倒を見なければならないという義務付き。
数日前までの栄光はどこへ消えてしまったのか。どこでこんなことになってしまったのだろうか。毎秒のように嘆く。
「はぁ……」
マグリナのペットであるアルビナスと別れた後、僕はカミリヤを待たせた場所へトボトボと歩き出した。
彼女が「足が痛い」なんていう駄々をこねるため仕方なく岩陰に10分ほど休ませていたのだが、さすがにこれだけ時間が経てばもう大丈夫だろう。
「あっ、レイグ! おかえりぃ!」
カミリヤが僕を見つけて大きく手を振る。
損ねていた機嫌も戻っていた。討伐を再開しても問題なさそうだ。
「もう足は痛くないのか?」
「それより、食材は採れた? 昨日とは違う料理が食べたいなぁ。ジビエとか」
食い意地の張った女だ。
こんな戦地で贅沢言うなよ。
カミリヤにそんな不満を抱くとともに、僕はある確信をした。
やはりこの女はおかしい。
魔蟲種に故郷を襲われて集落を転々としたヤツがこんな贅沢を要求するだろうか。集落の移動中は食糧の不安を抱えながら歩き続けることになる。周囲が敵だらけで食糧を手に入れ難い状況を経験した彼女なら、食の有難みを重々分かっていそうなものだ。
しかし、こいつは過去の辛さを表面に出さない。まるでそんなことを経験していないかのように。
彼女の経歴だけで人物像を想像するならば、もっと冷静で臆病になっていてもおかしくないはずだ。
実際、僕はそんな人物を多く見たことがある。
養成学校時代、魔蟲種に襲われた経験のある同期生は敵の情報に人一倍敏感だった。
また、物資の大切さを体で理解しているから、後方支援である兵站の訓練も気を抜かずにこなす。
彼らの雰囲気を思い出してみると、似非女神は彼らと随分違う気がする。
性格には個人差があるとはいえ、カミリヤの見せる気楽さから状況の苦しさを分かっていないように感じてしまうのだ。
「この状況下で食いたいものを食えると思うな。夕飯のメニューは昨晩とほぼ同じになる」
「えぇ? 本気で言ってるの?」
「僕らは一歩間違えば、いつ食えるか分からない状況に陥るかもしれない。そこに食いものがあるだけありがたいと思え」
僕は森林の奥地へ再び歩き出した。後方に似非女神と58号を連れて、
そのとき――
「レイグさんの言ってることは正しいんですから、あんまり迷惑をかけちゃダメですって」
後方でカミリヤがそんな独り言を小声で呟いた気がした。
彼女の言葉にどういう意味があるのか、深く考えなかった。
* * *
敵の接近を警戒し、横目ながらに周囲を観察して気付いた。
朽ち果ててバラバラになった人間の骨らしき物体が、落ち葉や藪に隠れるようにして放置されている。
彼らは僕らよりも先にこの地へ討伐刑で派遣された者だろうか。それとも大昔の林業従事者たちだろうか。どちらにしても魔蟲種に襲われて息絶えたのは間違いないだろうが。
ここの骸は僕らの未来の姿かもしれないな……。
樹上から屍喰鳥の鳴き声が響く。死肉を食らう大型の鳥類で、不吉の象徴として世界各地で忌み嫌われているヤツらだ。僕らが魔蟲種に襲撃されて動けなくなるのを狙っているらしい。
似非女神は倒木を乗り越えることに悪戦苦闘しており、散らばる骸に気付いていない。
人骨が周囲にたくさん転がっていることは、後方にいる似非女神に黙っておいた。最弱魔蟲種である
「ほら、早くしろ」
「ま、待ってよぉ! こっちは胸が揺れるから激しく動けないんだって!」
カミリヤは足がかなり遅い。周辺の地形が複雑というのもあるが、根本的な部分で常人より運動神経が鈍っている。彼女曰く「豊満な胸が運動の邪魔をするから」らしい。
胸が邪魔して足元が見えないようで、彼女は倒木に足を引っかけてよく転ぶ。昨晩、彼女の装備は泉で綺麗にしたばかりなのに、現在はすでに泥だらけだ。
「むぎゅ!」
「また転んだのか。この移動ペースだと今日もあまり討伐ポイントを稼ぐことができ……」
「あぁ! もう、うるさいってば! レイグは巨乳の大変さを分かってないんだって! これだから男は……」
似非女神はグチグチと僕の悪口を言い始める。
また拗ねた。もう何回目だろう。
カミリヤの言う通り、豊満な胸部による運動阻害は僕の計算に入ってなかったのは確かだが……。
彼女の機嫌を戻すため、また僕らはしばらく足を止めることになるのだった。
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