第11話 アルビナスという私兵

 ――帝都・天星宮娯楽室


 棚に並べられた国宝級の壷。

 有名画家による皇帝の肖像画。


 帝都を一望できる壁一面のガラス窓の傍に、テーブルを挟むようにソファへ座る男女。


 一人は中年の男。彼が身に纏っている白いローブには、あちこちに黄金の装飾品を確認できる。彼の横には、グラスに注がれた高級ワイン。

 そして二人目は、背の高い女性だ。鷹のような鋭い目つき。長く伸びた黒髪。政府職員の正装には多くの勲章バッジがかけられていた。


「そういえば、カミリヤとかいうペテン師の刑罰が開始されたそうだな」

「はい。数日ほど前に帝都から馬車が出発しました」


 マグリナ高書記官は皇帝陛下の側近である男とボードゲームの駒を黙々と進める。男の方が僅かに優勢だ。

 政策の進行状況を報告するための会合に参加した彼女。一通りの報告が終了し、男の方からゲームに誘われたのだ。


「あんな田舎娘が皇帝陛下を騙そうなどと、我々も舐められたものだ。実に腹立たしい」

「ええ。まったくです」

「せっかく、にチャンスを与えてやったというのに、無碍にするとは愚かにも程がある」

「カミリヤを女神として信仰する教団のことですね」

「やはりああいう連中には厳罰を下さねばなるまい。こうしないと見せしめにならないからな。皇帝陛下や我々帝国政府に舐めた態度を取るとどうなるか、いい示しになったんじゃないか?」

「そうですね」


 マグリナは目の前にいる男の雑談に心底うんざりしていた。口を開けば他人を見下した内容ばかり。皇帝の側近という職業の品格を感じさせない。

 彼女は男の機嫌を損なわぬよう、適当に相槌を送る。


「ところで、マグリナよ」

「どうしました?」

「お前がペテン師のパートナーとして、自分の部下を送ったというのは本当か?」


 男の言葉に、マグリナの駒を進める手が一瞬止まる。

 しばしの間、流れる沈黙。

 そして、駒が再び動くと同時に会話も再開した。


「ええ、本当です」

「それはなぜだ? 適当な重罪人と組み合わせればいいものを」

「私の送った部下は監視役です。あなたが見せしめとして仕立て上げた彼女がパートナーと結託して逃走するのは嫌でしょう?」

「ま、まあな」


 マグリナはそれらしい理由を説明した。

 カミリヤに謎の特殊能力があるかもしれないと皇帝関係者に説明するのは、重罰を与えた彼らの判断に背いたと捉えられてしまう可能性がある。直接的に言葉に出さずとも「カミリヤを幽閉させずに討伐へ向かわせたあなたの判断は早計だ」と指摘するようなものだ。


 自分の地位を保つためには彼らの意見を全面肯定しなければ。

 例えそれが多少自分の意見と合わなくとも。


「それに、女神教団がカミリヤ救出に動くかもしれません。彼らにカミリヤを救出されてしまえば、教団を再び活気付けることになるのです」

「なるほど。その妨害としての監視役か」


 マグリナの説明に側近の男は頷く。

 どうやら巧く納得させることができたらしい。マグリナは表情を何一つ変えないまま、男との会話を続ける。


「女神教団がどれだけ情報を掴んでいるかは分かりません。しかし念のため、オレネルス森林地区へ派遣されたことは極秘情報として管理しています。カミリヤの居場所さえ知られなければ、彼らも派手に動くことはないでしょう」

「君もなかなか抜かりないな、マグリナよ。君が私の地位に就く日も近いかもしれん」

「ありがとうございます」


 彼らの手元にあるボードゲームは、マグリナへチェックメイトがかかっていることを示していた。









     * * *


 ――オレネルス森林地区


 僕はカミリヤをしばらく休憩させ、トラブルが発生してもすぐに合流できる範囲内で食材採集を行っていた。


 そのとき、突然何者かが僕の前に現れる。


「あなたが、レイグ様ですね?」


 気配なんてなかった。落ち葉や水溜まりを踏む音さえ消している。いつの間にか、ヤツは目と鼻の先にいたのだ。

 十中八九、こいつは軍事関係者だ。しかも隠密行動専門の、公に出せない仕事をしているヤツだろう。ここまで気配を消すことに長けている人間は、彼らしか考えられない。


「レイグは確かに僕のことだが?」

「どうも初めまして。ワタクシ、アルビナスと申します。以後お見知り置きを」


 アルビナスと名乗った客は、第一印象が爽やかな青年だった。

 童顔で低身長。その姿はあどけない少年のようにも思える。『カッコいい』と言うよりは『カワイイ』という言葉の方が似合うだろうか。


 だが、僕には感じ取れた。

 姿勢。

 歩き方。

 彼の特徴が教えてくれる。

 その外見からは全く想像できないほどの、熟練した兵士すら超越する戦闘能力を持ち合わせていることを。


 彼の爽やかな微笑みの裏にはドス黒い狂気が渦巻き、彼の纏う外套の内側では多くの武器が自分へ刃を向けている……。

 そんな気がした。


 僕はいつでも仕込み杖から刃を出せるよう構える。


 僕らの殺害が目的でないことを祈るばかりだ。


「で、僕に何の用だ?」

「マグリナ様からの命令で、レイグ様が実行中である任務の進捗状況を伺いに参りました」


 ああ、こいつはマグリナの私兵か。

 彼女が連絡用に僕へ寄越したのだろう。


 しかしマグリナも随分と危なそうなヤツを手元に置いているものだ。

 彼女はどうやってこんな人材を入手したんだか。


「僕は何から報告すればいい?」

「カミリヤ様が隠しているとされる特殊能力についてです。それだけ確認しろ、とのことです」


 マグリナから調査を依頼されていた、カミリヤが持つ『女神の加護』の調査。

 本当にそんな力があるのか、彼女の様子を見ている限り疑問だ。今のところ、その片鱗すら感じないが。


 おそらく、マグリナの興味はそこにある。


 能力の存在を確認できれば、マグリナはすぐに勇者召喚に移るつもりだ。

 本当にそうしてもらえるならば、僕も任務から解放されて嬉しいのだが……。


「ここまで訪ねてくれたのに申し訳ないが、そうした力は確認できていない」

「そうでしたか……」


 アルビナスは肩をすくめ、残念そうな表情を作る。


「では、カミリヤ様に不審な点などはありましたか?」

「あいつの能力に直接関係するかは不明だが、気になることが1つだけあった」

「それはどういったことでしょう?」


 僕が気になっていること。

 あのカミリヤという女は、本当にカミリヤなのだろうか。

 経歴からイメージされる彼女と、実際に接した彼女では印象の違いが大き過ぎる。


 僕の経験から感じた小さな違和感に過ぎないので、何でもないことかもしれないが。


「あいつの経歴を調べてほしいんだが、引き受けてくれるか? 以前、裁判所から渡された経歴書よりも詳しく過去を知りたい」

「承知しました。こちらで調査しておきます。それではまた」


 僕へ深く頭を下げて立ち去ろうとするアルビナス。

 そんな彼を、僕は少しだけ呼び止めた。


「最後に少しいいか?」

「どうしましたか、レイグ様?」

「確認し忘れてたが、お前はマグリナの私兵という認識でいいんだよな?」

「いえ。違います」


 え、違うのか?

 彼は再び微笑んだ。今度の笑顔には爽やかさは消え、快楽で溺れたように淫らさが現れる。

 そして、彼はこう言った。


「ワタクシはマグリナ様の従順なペットです! そして、あの方に淫らで屈辱的な命令をされることだけが生き甲斐の、性奴隷なのです!」


 あ。

 やっぱりこいつ、ヤバいヤツだ。

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