第10話 カミリヤという人格

「レイグ! ちょっと休憩にしましょ!」


 森林の奥地へ歩いていたとき、カミリヤが提案した。

 またかよ、似非女神。昨日も散々休憩しただろ。

 一晩明かした場所から歩き始めて、まだ数分も経過していない。このペースでは魔蟲種が多くいるエリアへ到達するまでに、かなり時間がかかりそうだ。


「なあ、お前が休憩を何回も挟むせいでなかなか目標地点に行けないんだが」

「だって、この辺は足場が悪いじゃない! 倒木をまたいだり潜ったり……こんなんじゃ、すぐに足が痛くなっちゃうわよ!」


 何かと理由を付けて反論してくる駄女神騎士。面倒くさいヤツの典型的な例だ。

 仕方ない。しばらくカミリヤを休憩させて、その間に今晩の食材探しでもするか……。


「休憩時間は少しだけだぞ」

「やったぁ! レイグぅ、ありがとぉー!」


 彼女はニコニコと微笑み、近くの切り株へ腰を下ろした。さっきまでの疲れ切った表情は一変し、喜び一色に染まる。

 分かりやすいヤツだが、僕はどうも彼女の行動に違和感を感じてしまう。


「なあ、お前は昔からそういう性格なのか?」

「え、どうしたの、急に……」


 僕はカミリヤの腕を掴み、彼女を正面に立たせた。

 キョトンとしたアホ面。見ているだけでこちらも気力が抜けてしまいそうになる。


「僕は帝都最高裁判所から渡されたお前の経歴書を見せてもらったことがある。そこには『魔蟲種のせいで周囲の人間が亡くなった』と記載されていた」

「そ、そうだけど? 勝手に人の経歴を見るなんて、デリカシーに欠けるんじゃない?」

「仕事の関係上仕方なく、だ。別に僕も見たくて見た訳じゃない」


 カミリヤは僕を睨んだ。


「それで、レイグは何が言いたいの?」

「そういう過去があるはずなのに、随分と明るく振舞っているような気がしてな」

「べ、別に、そんなの他人ひとの勝手でしょ!」


 僕はカミリヤの瞳を覗き込んだ。

 そこには活き活きとした生命力に溢れた輝きがある。


「僕はお前と似た過去を持つ人間に何度か会ったことがある」

「そ、それが?」

「そいつらはお前のようにチャラチャラしていなかった」


 魔術師養成学校に在籍していた頃、僕の周囲には魔蟲種に家族を奪われた連中がたくさんいた。彼らは「この学校でヤツらと戦う術を手に入れる」と意気込んでいたのを思い出す。

 そんな彼らの目つきは、普通の人間とどこか違っていた。あれは憎しみや怒り、覚悟を背負っている表れ。当時の僕は様々な人間の目を見比べながら、そんなことを思っていた。


 魔蟲種に因縁を持つ人間は、敵に対して常に警戒を忘れない。なぜなら魔蟲種の恐怖が体の奥深くに刻み込まれているからだ。


 しかし、目の前にいる似非女神にはを感じない。

 本当に魔蟲種の恐ろしさを知っているならば、警戒区域の中で全裸になって水浴びなどしないだろう。昨晩のように無防備な状態で眠ることなどできないはず。


 もしかすると彼女の心が壊れてしまっているのだろうか。人間、辛いことが多すぎるとそれを感じるのを止めてしまう。感情が麻痺し、目の前で起きる出来事に動じなくなるようだ。


 だが彼女はそれとも違うような気がする。喜怒哀楽があり、目の前の出来事を心でもちゃんと受け止めている。普通の家庭でぬくぬくと育った人間と変わりなく、凄惨な過去を感じさせない。


 経歴を偽っていたのか。

 それとも、弱みを見せないよう徹底した演技をしているのか。


 無言で互いの目を見つめ合う僕ら。

 じっと瞳を覗く僕に、カミリヤがようやく口を開いた。


「ねぇ、レイグは女神の存在を信じる?」


 女神。

 彼女の口からこの単語が発せられ、僕の脳裏に『女神の加護』という言葉が浮かぶ。

 カミリヤが持っているとされる特殊能力。この力を使えば勇者召喚をできるという話だったか。


 カミリヤが元々住んでいた辺境では、女神の存在を信仰する宗教団体があるらしい。女神に祈りを捧げていれば苦難から救済される、という教えをあちこちに振り撒いている。魔蟲種の出現や帝国の植民地政策に苦しむ貧困層の間で信者が急速に数を増やした。


 一部の過激派は武装集団と化しており、植民地支配する帝国軍と抗争を繰り広げている。

 そのため、帝国国内から女神教団は危険視され、戦闘による死傷者も数を増す一方だ。


 カミリヤはその女神教団の信仰対象である。


 僕はそうした宗教系の話に一切興味はない。

 女神の存在なんて信じていないし、そうした団体に加入するつもりもない。

 この世の全ては各々の実力で決まる。それが僕の考えだ。弱いヤツが消え、強いヤツが生き残る。女神という存在に頼ろうとそうでなかろうと、結果は変わらない。


 先程彼女の口から出た質問は、僕が信者か否かである確認をするためのものだろうか。


「いいや。信じてない」


 僕は彼女からの質問に、そう答えた。


「そう……それなら、あなたの『どうして明るく振舞えるか』という質問には答えられないわ」

「じゃあ、何だ。僕が『はい、信じてます』とでも言えば答えたのか?」

「そういうことじゃなくって……」


 この女、やはり何か隠している。今の会話でそれを認めたようなものだ。

 まあ、この任務の支障にならない限りは知る必要もないと思うが。


「あなたとは仲良くできそうな気がしてたけど、私の思い過ごしだったみたいね」

「別に最初から仲良くする気はない」

「なっ……!」


 カミリヤはこれまでになかった険しい表情で僕を睨む。


 僕がここにいる理由は彼女と親睦を深めるためじゃない。マグリナという上司にほぼ強引な手段でこいつの刑罰に付き合わされたからだ。上司からの指令でなければ、こんな任務はとっくに放り出している。


 この女に自分がどう思わようが、僕の知ったことではない。こいつからの好感度が上がったところで仕事から解放される訳でもない。好かれようが、嫌われようが、自分にはどうでもいいことだ。


「ああもう! レイグは昨日みたいに、しばらくあっちで食材探しでもしてくればいいでしょ!」

「分かったよ。すぐ戻ってくる」


 だが、彼女の拗ねた状態が続くと困ることはある。いつまで経っても魔蟲種討伐を再開できない。彼女の怒りを適当になだめる必要があるだろう。


 僕は食材探しを理由に、しばらく彼女の視界から消えることにした。1人になれば頭も冷えてくる。58号の監視もあるし、勝手に遠くへ逃げることもないはずだ。

 怒りが治まった頃を見計らって戻り、森林奥地への索敵を再開しよう……。






     * * *


「ふぅ、危なかった……レイグのヤツ、勘が冴えてるわね」

「で、でも、レイグさんはすごいですよね。たった数日の付き合いでロゼッタさんの存在に薄々気付いちゃうなんて」

「確かにすごいヤツだけど、気に食わないわ」


 1人だけの空間に2人分の声が響く。

 カミリヤはレイグが周囲から消えたことを確認すると、ようやく口を開いた。


「アイツ、私たちの恥ずかしい姿を見ても襲って来ないし、治癒魔法かけてくれるし、いい人だな~、って思った途端に『仲良くする気はない』って! 頭おかしいんじゃないの!?」

「レ、レイグさんはきっと嘘を言ってるんですよ! レイグさんは元々罪人じゃないですし、仲よくすると仕事での立場が悪くなるんじゃないでしょうか!」

「カミリヤ、あんた、随分とアイツに肩入れするわね」


 怒り心頭状態のなだめようと、カミリヤはレイグを擁護する。しかし、それがが持つ怒りの矛先をカミリヤに向けてしまうことになるのだった。


「レイグの味方をするようなら、あんたにアイツの相手をさせるわよ」

「ひぇ、こ、困ります! ど、同年代の男性とはあまり接したことがないですし……」

「これも男慣れしておくためのいい機会じゃない?」

「だ、だって、私の裸を見せた相手ですよ? 恥ずかしくて、もう……」


 カミリヤの心拍数が大きく上がり、頬が紅潮する。体の奥が苦しくなり、自分の胸元を両手で押さえた。昨晩のことを思い出すと、羞恥心が止まらない。


「まあ、いいわ。まだしばらくはでレイグの相手をしてあげる。勇者の魂も集められないか同時に試みるから」

「はい……お願いします」


 こうしてカミリヤの意識は心の奥深くへと沈んでいく。

 表面にはの意識が残されたのだった。

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