第9話 小鬼蟲兵士という魔蟲種

 そいつは小鬼蟲兵士ゴブリン・セクト・ポーンという魔蟲種だった。


 常に集団で行動し、仲間と連携して人間を襲う。一匹一匹は弱いが、囲まれると厄介だ。次から次へと鋭利な爪を繰り出し、敵を切り刻む。身軽で素早く、狭い場所にも入り込むので油断ならない。


 そんな彼らにとって、この森林という状況は有利に働く。細い木々の陰に身を隠し、敵の視界から逃れる。十分に敵と接近できたところで仲間と一気に対象を狩るのだ。


 僕の前に現れた彼らも、気付いたときには目と鼻の先にいた。あらゆる方角から一斉に駆けてくる緑の眼光。


「キュイイッ!」

「悪いな。今、僕はこの女に色々と腹が立っててな」


 ドォォォン!


 僕は前方の敵に目掛けて雷魔術を発動した。杖の先端から発せられる閃光。空中で何度も軌道を変えて敵に命中していく。電撃が敵に当たるとバチバチと激しい音と火花を発し、黒い体を焦がした。さらに青白い光は広がり、敵を次々と感電させる。


「憂さ晴らしの相手がほしかったところだ」

「キュイッ!」


 魔術によって前方の敵は全て絶命した。

 残りは後方の個体。カサカサと落ち葉を踏む足音。その数からして3体いる。


「キュィッ!」


 僕が振り返ると同時に彼らは飛びかかった。地面を強く蹴り、爪を振り上げる。

 もう魔術を発動させる時間はない。


 だから、僕は奥の手を使うことにした。


「次はもっと数を連れてこい」


 ヒュッ!


 宙を斬る一閃。

 その瞬間、黒い小人は腹を境に上下へ裂かれた。真っ二つとなった体は地面に叩き付けられ、絶命する。


 仕込み杖。

 僕の装備である魔力増幅用の杖には刃が隠されている。敵に接近された際、緊急時の防御として使うものだ。魔術の威力上昇に特化していない分、こうした接近戦闘に優れる。


 先程敵が間合いに入った瞬間、僕は杖の刃を出現させた。これで彼らの腹を一文字に切り裂く。


 こうして雑魚の掃除は終わった。


 仕込み杖には魔術と剣術の両方を活かせるメリットがある。カミリヤを守りながら戦う際、魔術だけに攻撃手段を頼ると彼女に術を巻き込む可能性を捨て切れない。魔術は広範囲の敵を一掃する技であるため、敵味方入り乱れた戦場では使用を控える必要がある。そうした場合を配慮し、使用武器に仕込み杖を選択したのだ。


「お前らのような雑魚じゃ大したポイントにはならないな」


 僕は足元に横たわる死体の海の眺めた。焦げ臭い煙が立ち上ぼり、甲殻の隙間から漏れる体液はグツグツと煮えている。

 数は多かったが雑魚は雑魚だ。貰えるポイントは期待できない。


 そのとき――


 ポッ……!


 小人たちの死体から白い光球が出現した。ふわふわと天へ昇っていき、暗闇が覆っていた森林の中に幻想的な光景を作り出す。手で握れそうなサイズのそれは、瞬きをした間に消えてしまった。


 これは『蟲魂』と呼ばれる現象だ。

 魔蟲種はその命が絶たれると先程のような白い光を放つ。この理由については、仲間を呼ぶための発光という説、仲間に危険を知らせる特殊物質説など、様々な憶測が学会で議論されている。しかし実際のところ、アレの正体は分かっていない。発生するとすぐに消失してしまうので、研究が不可能なのだ。


 唯一分かっているのは、蟲魂の大きさはその個体が弱いほど小さく、強いほど大きいということだけ。これは何度も確認されている事実だ。


「今ので合計125ポイント獲得でちゅ。さすがレイグ君、やりまちゅねぇ」


 僕の横で58号が点数を伝える。

 カウント君人形は蟲魂の大きさや数を計測してポイントを算出するらしい。


 小鬼蟲兵士ゴブリン・セクト・ポーンは1匹当たり5ポイント。大して強くはない。


 もっと強い魔蟲種だと、1匹で100ポイントを軽々と超えるらしい。速やかにこの仕事を攻略することを目指すならば、こうした敵とも戦わなければならないだろう。実際に出会えるかは分からないが。


 だがカミリヤを抱えたまま戦うことも忘れてはならない。無理に強敵と戦闘を繰り広げて、その最中に彼女が命を落としたら全てが水泡に帰す。そうなることは絶対に避けなければ。


「すーすー……」


 戦闘中、一連の渦中にいる本人はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 どうしてこんなに眠っていられるのだろうか。魔術を発動させるような激しい戦いがすぐ傍で行われていたのに。随分と無防備なことだ。


「おい、駄女神騎士。僕を信頼し過ぎじゃないのか?」


 僕はカミリヤの横に腰を下ろし、彼女の寝顔を見つめる。


「普段もこれくらい静かならいいんだがな」


 長い睫毛。

 柔らかそうな白い肌。

 正直、カミリヤはかなりの美人だと思う。街の中を歩いていたら確実に男たちの目を惹く。これだけの美貌があれば、一生男には困らないはずだ。


 ふと、カミリヤがこれまでどんな人生を送ってきたのか疑問が湧く。

 経歴によると、辺境の村に生まれて魔蟲種に追われながら住居を転々といていた、らしい。両親は魔蟲種に殺されて他界している、らしい。彼女と交友関係のあった人物も亡くなっている、らしい。幼い頃から苦労と死別を経験してきたようだ。


 だが、今の彼女を見ていると違和感を感じてしまう。

 そんな暗い過去があるはずなのに、カミリヤの性格は随分と明るい気がするのだ。

 自分の弱い部分を見せないように振る舞っているのか。

 男にチヤホヤされて浮かれているのか。

 それとも何か別の理由が……。


「う、うん……」


 そんな考え事の遮るように、カミリヤは寝返りをうつ。


「僕も眠るか……」


 僕は考えるのを止めた。休めるうちに休まねば。

 僕は寝床を囲むように森林のあちこちへ地雷式の魔方陣を施した。さらに自分とカミリヤへ補助防御魔法をかける。これだけ準備しておけば、万が一不意打ちを受けても耐えられるはずだ。


 僕はカミリヤの隣に横たわり、瞼を閉じる。


 草むらからの虫の音。

 大木のうろに巣を作る夜行性猛禽類の鳴き声。

 この森に魔蟲種が出現するようになってから野生動物が増えたらしい。


 生物たちの鳴き声に包まれながら、僕の意識は闇に溶けていった。












     * * *


「……イグ! レイグ!」


 喧しい声で僕の意識は覚醒していく。

 カミリヤが僕を激しく揺さぶりながら叫んでいるようだ。頭がガンガンする。大して眠れなかった。

 まだ太陽は昇っていない。頭上に生い茂る葉の隙間からはうっすらと星明りが見える。


「レイグ! 大変なの! 早く起きてよ!」

「な、何なんだよ?」


 まさか、敵襲だろうか。

 地雷設置に気を抜いた訳ではないが、敵がそのエリアを潜り抜ける可能性は僅かにだがある。

 僕は意識が朦朧とした状態のまま起き上がり、急いで武器を構えた。敵はどこだ、と周囲を見渡すが、それらしいヤツらはいない。


「おい、敵はどこにいる?」

「え? 何のこと?」


 どうも敵襲ではないらしい。

 カミリヤの手にはクマのぬいぐるみ。58号だ。彼女は心配そうにそれを見つめている。


「レイグ、58号の様子が変なの!」

「は?」

「昨日と累計討伐ポイント数が違ってるの!」


 そりゃ、僕がお前の寝ている間に魔蟲種を殺したからな!


 どうやら彼女が僕を起こした理由はこれのようだ。


 そんなことで起こすなよ!

 少しは察しろ!


 僕は再び気力を失い、その場に寝込んだ。

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