第2章 やる気あるのか、お前は
第6話 カミリヤという駄女神騎士
「はぁー……」
深いため息が止まらない。
簡単な回復魔法すら使えない似非女神。まともに武器も振れない貧弱筋肉。
あのカミリヤとかいう女には色々と幻滅してきたが、今回の適性検査結果に関しては特に酷い。足手纏いそのものだ。魔術も武器も使えないなど、そこらのクソガキより劣る。
僕はこれからアイツを抱えながら魔蟲種と戦わなければならない。
多分、僕がこれから起こる全ての戦闘を引き受けることになる。そして、あの女は先に死ぬ。僕の仕事は失敗する。最早、誰のための刑罰か分からなくなっている。
これもマグリナという女上司が『カミリヤの隠している能力を看破しろ』という命令を僕に下したせいだ。
クソが。本当にあんな女が『女神の加護』なんていう
噂によると『女神の加護』というのは死後世界からの勇者特殊召喚を可能にする力らしい。魂が集まる死後の世界に自分の意識を送り込んで、そこの魂から自分の味方となる戦士を形成する。
そんな嘘みたいな能力があってたまるか。これを信じるヤツはハッキリ言ってどうかしているだろ。
「しかし、遅いな。アイツは」
現在、僕は前線基地の玄関に立ってカミリヤが合流してくるのを待っている。
カミリヤやレオナスと相談した結果、僕は魔術師として後衛に徹することにした。
現在、僕は魔力を高める魔術師用ローブを着込んでおり、魔力増幅用の杖を握っている。
一方、カミリヤは前衛として活動することになった。
本来、僕は彼女を守らなければいけないのだから後衛にすべきだろう。しかし、彼女は後衛として全うできる仕事がない。
どの属性魔術も使えないし、長弓は下手糞で矢が足元までしか飛ばない。弩弓は自分の力で矢を装填できないし、発射された矢は明後日の方向へ飛んでいく。これでは矢が前衛に当たる可能性が高い。
ああ、カミリヤは本当に役立たずだ。
まだそこらにいるクソガキの方が巧く戦える。
そして今日は魔蟲種討伐出発の日。
これから僕らは基地周辺にある広大な森林の中に足を踏み入れ、遭遇した魔蟲種を殺していく。
そのために僕は支給された武器で準備を整えて出撃を待っているのだが、カミリヤの準備がなかなか終わらない。かれこれ出発予定時刻から2時間ほど経過している。
「いい加減遅すぎるだろ。アイツ、この刑罰から逃げたんじゃないのか?」
「彼女の反応はこの基地内にありまちゅ。もうすぐ来ると思いまちゅよ?」
僕の傍にいるのは58号というクマのぬいぐるみみたいな
ふわふわと宙に浮かび、僕らの動向を監視している。高い声と赤ちゃん言葉が耳に障るヤツだ。カミリヤを待つ退屈凌ぎにこいつと会話しても、苛立ちしか生まれない。
僕は気を紛らわすため、基地内の訓練場へ視線を向けた。
兵士たちがトレーニングで土を踏み込む音。
魔術の訓練で的が破壊される音。
そんな音が飛び交う前線基地玄関。
不意に魔術師養成学校に通っていた頃を思い出す。あの頃は帝都で安全に暮らすことを夢見て懸命に訓練へ励んでいたものだ。
その結果がまさかこれに繋がるとは、あのときの僕には想像できなかっただろう。
そんな感傷に浸っているとき――
「レイグー! お待たせー!」
基地の建造物から、兵士の訓練場を横切って走ってくるカミリヤが見えた。
前衛として活動するため、脛当てや篭手を身に纏っている。
しかし――
「な、何だアレは……!」
これでようやく出発できるかと思ったとき、僕は再び絶句した。
僕の視線の先はカミリヤの胸部。
そこに本来着用すべき胸当てが存在せず、下地の布が露出している。
そして、その布を裂きそうなほど巨大な胸が前方に突き出ていた。
走る動きに合わせて激しく上下する胸。
その運動に、周囲にいる兵士の視線が釘付けになる。
これまで彼女はぶかぶかな囚人服を着ていたため分からなかったが、豊満な双丘を持っていたらしい。彼女が一歩踏み出す度にたゆんたゆんと揺れ、周囲の男から視覚を奪う。
「お、おい。カミリヤ」
「どうしたの、レイグ?」
「む、胸当ての着用を忘れているぞ?」
「この基地にあるサイズの胸当てだと、すごくキツくて……」
いやいや!
これからヤバい相手と戦うのに、弱点を晒したような格好で出向くつもりかお前は!
確かにこんな豊満な胸に対応したサイズなんてないだろうけどさ!
そして次に気になったのが、彼女が腰に着けている剣。
適性検査で、彼女には重い剣を持てるほどの筋力がないことが判明している。
なら、その剣は何なんだ?
「それとお前、その剣はどうしたんだよ?」
「え、これのこと?」
彼女はその剣を掲げ、刃を僕に見せてきた。
「これね、基地の訓練場で見つけたの」
「え?」
「普通の剣よりも軽くて持ちやすかったんだぁ。ほら、筋力がない私でもちゃんと振れるんだよ!」
自信満々にその剣を振って戦えることをアピールするカミリヤ。
しかし彼女のやる気に満ちた表情とは裏腹に、僕の表情はどんどん沈んでいく。
カミリヤ、その剣はダメだ……。
それは新人兵士が剣の太刀筋を覚えるための模造剣だ。刃の切れ味は落としてあるし、威力もほぼ皆無。訓練にしか使えない。
それをこいつは実戦に持ち込むつもりなのだ。こんな剣で魔蟲種を斬れるわけがない。
ああ、この女はとんでもなくバカだ。
目眩がする。
呆れ果てて僕は彼女に何も言えなかった。逐一教えてやるのも面倒くさい。
「ほら、レイグ! 早く魔蟲種を倒して、刑罰を終わらせましょ?」
「……」
もうダメだ。
こいつは近い将来、確実に死ぬ。そして僕の仕事は失敗する。
もしかするとそれは今日かもしれない。
こんな感じで、『駄女神騎士』というワードが僕の中で誕生した。
駄目な似非女神が駄目な剣を持って戦場へ出向く。
こんなヤツに自分の背中を預けるなど、恐怖でしかなかった。
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