第5話 平手打ちという目覚まし

「ほら、到着したぞ、囚人ども」


 馬車に揺られ始めてから、2日後の昼。

 僕とカミリヤは目的地である討伐エリア前線基地に到着した。


 高い柵に囲まれた兵舎やテント。屋外では兵士がトレーニング、整備士が大砲や歩行戦車のチェックを行っている。基地の四隅には櫓が設置され、偵察兵が望遠鏡で魔蟲種の侵攻を見張っていた。周囲には地域住民の集落もあり、救難信号を受けるとすぐに兵が出動する仕組みだ。


 馬車は基地の敷地内へと入り、僕らを降ろした。


 随分と長く馬車に閉じ込められていた気がする。体のあちこちが痛い。

 しかも、似非女神と一緒だから余計にイライラした。彼女の顔を見る度に心の奥から怒りが湧き出す。


「お前たちが討伐刑で派遣された囚人だな?」

「はい、そうです」

「俺はお前たち討伐刑の囚人の管理を担当するレオナスだ、よろしくな!」


 馬車を降りたところに軽装鎧ライトアーマー姿の男が待機していた。この「レオナス」と名乗る男がこの基地で囚人を預かる担当者の軍人らしい。

 彼の太い腕や引き締まった頬には傷があり、戦闘経験も豊富そうだ。


「これから、訓練施設でお前たちの戦闘適性を調べる。その結果に応じてお前たちに合った武器を支給するから、各々全力で取り組むように!」

「はい」


 おそらく、このレオナスという男は僕がカミリヤの監視役であることを知らない。

 マグリナ周辺の裁判官・政務官と帝国中央刑務所看守長など、高い役職にいる人物しか認識していないはずだ。


 この場所では、僕はただの囚人として扱われる。

 機密保持のために目立つ行動は控えたい。カミリヤが人目を集めるような奇行をしないことを祈る限りだ。


 その後、レオナスの指示で僕とカミリヤは別々に訓練場へ案内され、適性検査を行った。


 剣術・槍術・鎚術・弓術・魔術……そうした能力をチェックされ、一番成績のよかった武器を支給してくれる。

 所詮、囚人に貸し出す武器なので性能は期待できないが。





     * * *


 チェックでその日の活動は終了し、僕とカミリヤは同じ囚人室で眠ることになった。

 鉄格子と壁に囲まれた牢屋。壁際にベッドが2つ並んでいる。汚れている硬いベッドに自分の身を横たわらせ、目を閉じた。窓の外からはリンリンという虫の音が聞こえる。


「レイグ、どうだった?」

「何が?」

「適性検査のことよ。レイグも受けたんでしょ?」


 隣で横になるカミリヤが話しかけてくる。

 何なんだよ、お前は。こっちは早く眠りたいのに。

 僕は顔を彼女から背け、壁の方へ寝返る。


「別に」

「私は全然ダメだったなぁ。剣とか思ってたよりも重くって」

「だから?」

「だから……その……」


 僕はこいつとまともに会話する気などない。馬車内で話しかけられても「別に」とか「知らない」とかで済ました。聞こえないフリをすることもある。ペテン師なんかと真剣に取り合っていたら頭がおかしくなるだろ。会話を無視する度に彼女は悲しそうな表情をするが、罪悪感は湧かない。


「僕は寝る。話しかけてくるなよ」

「お、おやすみなさーい」


 こんな感じで、基地での一日は終了した。





     * * *


 その翌朝。


「おい、起きろ! 適性検査の結果を発表する!」


 鼓膜が破れそうなほどの、けたたましい男の声が聞こえる。

 この声は、昨日のレオナスというヤツだろう。


 検査の結果が出たらしく、彼が詳細を伝えに訪ねてきたのだ。僕は眠い体を無理矢理起こし、鉄格子前へ立つ。誰かに起こされるなど久々だ。帝都にいた頃は決まった時間に就寝し、決まった時間に自分から起床していた。

 カミリヤさえいなければ、あの規則正しい生活を続けることができただろうに。


 こんなこと、さっさと済ませて安全に暮らしたい。

 そう思いながら、僕は格子の外に立つレオナスの言葉に耳を傾けた。


 しかし――


「おい、相棒を起こせ」

「え?」


 レオナスが僕の背後へ筋肉質な太い指を向ける。振り返った先には、ベッドの上にカミリヤがすやすやと眠っているではないか。

 あれだけの大声で起こされたってのに、どうして平然と寝ていられるんだよ。


「起きろ、似非女神!」

「べぶっ!」


 僕は睡眠中だった彼女の胸倉を掴み、顔に平手打ちを食らわせてやった。バチーンという小気味いい音が囚人部屋に響く。これには彼女も眠りから覚め、目をパチクリさせて僕を見つめた。


「私……お、親にもぶたれたことなかったのに……」

「うるせえな。こっちはお前の尻拭いを手伝わされてんだよ。僕の足だけは引っ張るな」

「ぐずっ……ぐずっ……」


 本気で泣き出すカミリヤ。頬から垂れる大粒の涙が彼女を掴んでいる手を濡らす。しかし僕に罪悪感はない。なぜならこいつは犯罪者なのだから。

 僕は泣きじゃくる彼女を鉄格子に沿って無理矢理立たせ、適性検査の詳細を聞く体勢を整えた。


「じゃあ、まずレイグ・ダクファルトの成績から伝える」

「はい」

「全項目で満点だ。どの武器の扱いも、どの属性の魔術も長けている。罪人じゃなかったら是非ウチの部隊に加入してほしいくらいだよ」


 当然だ。魔術師学校主席卒業を舐めてもらっては困る。

 目の前にいるレオナスから告げられた成績は、僕の予想したとおりのものだった。


「レイグってすごいじゃーん! 思ってたより実力あるんだ!」

「……別に」

「あんなに難しいテストだったのに、どうしてそんな高得点が取れたの!?」


 カミリヤが僕のことを褒めてくるが、正直全然嬉しくない。自分より格下に高評価されたところで、自分の実力が上がった証明にはならないからだ。

 それにこいつは適性検査のことを「難しいテスト」と言ったが、そこまで難易度は高くなかったと思う。あんな検査、誰でも満点の項目一つは楽に取れるはずだ。


「じゃあ、次はカミリヤの成績を伝える」

「はい!」


 問題はこいつの成績だ。今後討伐刑を遂行するに当たって、彼女がどれだけ使い物になるか。僕が前衛や後衛としてどう戦うかもここでの成績に左右される。


 まあ、検査対象になっている武器の種類はそこそこ豊富だし、素人でもどこかに適性は引っかかるだろ。

 それか魔術を使えるならそれでもいい。そこらの農民でも火や水といった適合した魔術属性を持っている。その魔術で後方支援してくれれば前衛は楽になるはずだ。


 武器も魔術も使えない――なんてことは、さすがにないだろう。


「お前の成績は……」

「はい!」

「武器の全項目で0点だ! 魔術の適合属性もなし!」


 レオナスの口から、カミリヤの成績が告げられた。


「……は?」


 あり得ない。

 こんなのあり得ないんだ。


 僕は絶句し、しばらく開いた口が塞がらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る