第4話 カウント君という監視

 数日後、僕が配属されている事務室に命令文が届いた。そこに僕の名前と、あの似非女神カミリヤの名前が記されている。


『以下の人物に、魔蟲種討伐の刑を命じる』


 やはり地獄へと行かなくてはならないらしい。





     * * *


 出発当日の朝、僕は刑務所前の広場を訪れた。そこでカミリヤと合流し、討伐エリアへ移動するらしい。


 すでに馬車は広場で待機している。囚人の仲間が襲撃してくることに備え、馬にも鎧が着せられ、車輪も金具で補強されていた。


「お前がレイグ・ダクファルトか?」

「はい、これが令状です」


 ガタイのいい刑務所所長が僕の前に現れ、僕へ届けられた令状を確認した。


「よし、あの女を出せ!」


 所長が門番に向かい、響くような大声で合図する。刑務所の高い壁の上で弩弓ボウガンを持った数人の兵士が睨む中、門がゆっくりと開いた。


 看守に両脇を固められながら出てきたのは金髪の若い女、カミリヤである。

 彼女はぶかぶかの囚人服に身を包み、不安げな表情で僕と対面した。


「よろしくね、レイグ」

「……」


 何でこいつは僕にタメ口なんだよ。


 カミリヤが挨拶してきたが、僕はそれを無視してやった。

 このとき、僕の頭の中はこいつに対する怒りで溢れていたと思う。


 こいつさえいなければ、僕は平和に行政の職員として過ごせていたのに!

 僕にクソみたいな仕事を作りやがって!

 どうしてこんなサイコ女と命がけの行動をしなくちゃいけないんだよ!


「さぁ、お前ら、馬車に乗れ」


 所長に促されて馬車に乗り込む。


 そのとき、視界に入った。


 座席の隅。

 刑務官だらけの物々しい雰囲気であるこの場所に、似つかわしくない物体が置いてある。


 クマのぬいぐるみ。


 ビーズみたいな黒い目玉。

 腹部の白い布に「58」という文字が描かれている。

 僕は座席のスペースを空けるため、その人形を動かそうとした。


 そのとき――


「君たちがレイグ君とカミリヤちゃんでちゅね?」

「あ?」

「わぁ、何これ喋った! かわいい!」

「ボクの名前は58号でちゅ! これから魔蟲種討伐を一緒に頑張りまちゅね!」


 クマみたいなぬいぐるみが喋る。

 赤ちゃん言葉が気に障るヤツだ。僕のイライラがさらに増す。


 まさか僕がこいつに付き纏われる日が来るとは夢にも思わなかった。


「こいつは受刑者に渡される『カウント君』っていう自動人形ゴーレムの一種だ、似非女神」

「カウント君?」

「受刑者がどんな魔蟲種をどれくらい倒したのか記録するための魔導具だ。勝手に現場に付いて来て、殺した敵の数をカウントする。僕らはこれからこいつの監視下に置かれるんだよ」

「へぇ、すごーい。知らなかったぁ」


 そんなことも知らないのか、この女は。


 元受刑者の話によると、カウント君はどこまでも追いかけて来て行動を監視してくるのでかなりウザいらしい。囚人の間では「死神人形」なんて呼ばれている。縁起がかなり悪い。


 だからといってこいつを故意に破壊してしまうと、カウントがリセットされて刑期が延びるなどのペナルティが科せられてしまう。

 ウザさを我慢しつつ大切に扱わなければならないという精神的疲労にも追い込まれる。そういう事態はどうにか避けたいが……。


「よろしくね、58号!」

「よろしくでちゅ! 魔蟲種をたくさん倒してこの国を救いまちょう!」


 外見の可愛さに騙されて58号を抱き締めるカミリヤ。


 無知な似非女神といい、58号の赤ちゃん言葉といい、もう僕の心はイライラで限界寸前だ。

 頬が引きつり、胃の奥がムカムカする。早くこの刑罰を終了させなければ、僕が先にダウンしてしまうだろう。


 僕は彼女たちを横目に、座席へ深く腰かけた。


「で、58号。僕らはどのエリアで討伐することになっている?」

「オレネルス東区の森林でちゅ」


 カミリヤの戦闘経験が浅いことを考慮すると、まあそんなところか。


 オレネルス森林区。

 強力な魔蟲種があまり確認されていない地区だ。まずはここでカミリヤがどれだけ使えるかを見せてもらう。戦闘が激しい地区に放り込むほど上層部も鬼ではなかったらしい。


 そして、僕はまだ肝心な部分を聞いていなかった。


「それで、僕たちは何ポイント分の魔蟲種を討伐すればいいんだ?」


 犯した罪によって討伐目標ポイント量は大きく異なる。窃盗などの軽い罪だと少なく、殺人などの重い罪だと多くなる仕組みだ。


 釈放までに必要な討伐量はポイント制になっており、倒した魔蟲種が弱いほどもらえるポイントが少なく、強いほど高くなる。

 つまり、弱い個体ばかり討伐してもあまりポイントは稼げない。一気にポイントを稼ぐなら強い個体を消すべきだが、危険な目に遭うリスクも高い。この刑罰を攻略するには、弱い個体を大量に倒すか、強い個体を集中して倒すか、というルート選択がある。


 弱い個体のみの簡単な討伐で終了できれば嬉しいんだが……。


 そして、58号は僕らに釈放必要ポイントを口に出した。


「君たちに科せられた目標討伐量は100000ポイントでちゅ」

「……は?」


 基準として、食い逃げなどの軽犯罪ではパートナーと併せて約5000ポイント、殺人などの重罪でも約40000ポイントが刑が科せられる。


 僕らに科せられたのは100000ポイント。

 明らかに桁がおかしい。どうしてこんな馬鹿げた数字になったんだよ。


「じ、冗談だろ?」

「本当でちゅよ? 帝国政府関係者に詐欺を働いたカミリヤちゃんの罪は重いでちゅ」

「嘘だ……」

「私、詐欺なんかしてないってば! 本当に失敗しちゃっただけ!」


 僕の血の気が一気に引いて目眩がしてきた。僕は深くため息を吐き、頭を抱える。


「どうしたの、レイグ?」


 そんな僕の顔を、キョトンとした表情で似非女神が覗き込んだ。まるで科せられているポイントの意味が分かっていないように。


 ああ、もうくたばれよ。この世間知らず女神。









     * * *


 馬車は出発し、帝都の門を潜り抜ける。街を囲む高い壁の向こう側には草原が広がっていた。


 この近辺ではまだ魔蟲種が確認されていないが、襲撃を警戒して草原には多くの兵器が配備されている。

 弩砲バリスタ、大砲、投石装置、魔導式歩行戦車、魔力増幅砲、数えるとキリがない。帝国が所有する兵器の博覧会だ。


「私、この帝都に来る直前にも見たんだけど、すごい警備よねぇ」

「ここを落とされたら国が終わるんだ。当然だろ」


 僕らが乗る馬車は、そんな兵器だらけの草原を進んでいく。カミリヤは馬車の小さな窓から巨大な兵器を物珍しそうに眺めていた。帝都に住んでいる僕からすれば、大して珍しい光景でもないのだが。


 ときに魔蟲種は何万匹という大群を作り出すことがある。そういう事態に備えて、これだけの戦力は必要不可欠だ。


 ここにある兵器たちが、魔蟲種という生物の恐ろしさを物語っていた。

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