第2話 魔蟲種討伐という刑罰

「では、司法庁からあなたに科せられた罰名を伝えます」

「うっ……うっ……」

「聞いてますか、カミリヤさん?」

「聞いてません……うっ、うっ……」


 司法庁内にある四方を石の壁に囲まれた取調室。


 僕は大臣からの雑用で、彼女へ下された判決を言い渡すために訪れた。

 通常の犯罪ならば僕のような政府職員が出る幕などないのだが、政治関係者絡みの案件はその一部始終を詳細に記録しなければならない。運悪くその役割が僕に充てられてしまったのだ。


 自称「女神」のペテン師、カミリヤは僕の目の前に座っていた。小さな机越しに向かい合う僕ら。彼女は顔を両手で覆っていて表情は分からないが、多分ガチ泣きしている。頬から涙がぽたぽたと垂れ、机を濡らしていた。


「こちら紙にあなたの罪状と、裁判所が下した判決が書かれています。あなたの目で確認してください」


 僕は紐で丸められた書類を彼女の前に置いた。

 その紙に彼女へ科せられた刑罰が記されている。その内容は僕にも知らされていない。


 まあ、処罰の内容は大体予想がつくのだが。


「うっ……うっ……牢獄行きなんて嫌よぉ……」


 彼女は袖で涙を拭き取り、その書類へ手を伸ばす。


 大丈夫だ、安心しろ。お前は牢獄行きにはならない。


 それよりも格段に辛い生き地獄が用意されているはず。せいぜい楽しんでくるんだな。


 そして彼女は紙を広げ、自分に科せられた罰の名前を読み上げる。


「な、何……『魔蟲種討伐の刑』って?」


 そうだ。それがお前に与えられた鉄槌だ、似非女神。


『魔蟲種討伐の刑』

 この世界に蔓延っている魔蟲種を少しでも減らすために考案された刑罰。これを科せられた罪人は実際に魔蟲種が確認されているエリアに出向き、一定量の敵を討伐しなければならない。


 この刑罰に服役していた罪人が何人も命を落としており、囚人から終身刑よりも恐れられている。囚人が隠し持っていた毒薬を自ら飲み込み、体調不良を理由に戦場へ行くのを拒否したことがあるほどだ。

 無事に刑期を終えた人間も、何かしらの傷を負っていることが多い。彼らは正式な軍人でもないので軍事福祉も受けられない。負った傷の補償は自己責任。それもこの刑罰が嫌われている理由の一つだ。


「あなたには、魔蟲種が猛威を振るっている地域に移動してもらい、彼らを一定量討伐してもらいます。これがその刑罰の内容となります」

「え? う、嘘!?」

「本当です。目標量討伐が完了しない限り、行動が逐一監視されます。無許可で地域から離脱すると即処刑対象となりますのでご注意ください。また、刑期中は政府が提供するサービスなどの対象外にされるなどのデメリットがあるので、それも心に留めておくように」

「そ、そんな……」


 この話を聞いた似非女神の顔が絶望の色に染まっていく。驚きのあまり、涙すら流れない。口をパクパクさせ、判決文に書かれている一言一句を虚ろな目玉で追いかける。


 この刑罰はほぼ死刑と言っても過言ではない。こんな反応をするのが普通だろう。


「で、でも、私……全然戦闘経験とかなくって……すぐに死んじゃうと思うんだけど……」

「それは大丈夫です。討伐刑は2人1組のパートナー制を採用しているので、もう1人の罪人とともに行動してもらいます。その書類に、あなたのパートナーとなる罪人の名前も記載されているはずですよ?」


 刑罰とはいえ、単独での魔蟲種討伐することには限界がある。

 敵の多くは強靭な肉体を持ち、訓練を積んだ兵士でも苦戦する個体も存在する。それに数も多い。独りでいるときに囲まれたらほぼ殺される。


 そうした化け物に対抗するため、2人1組で討伐させるシステムが組まれた。それならば、まだ生き残るチャンスがあるだろう。元々、魔蟲種を減らすために作られた刑罰だ。そう簡単に罪人が死んでは困る。


 しかし、こいつと組むハメになった罪人も可哀想なことだ。


 この女を見る限り、大した戦闘能力があるとは思えない。足手纏いになるのは確実だ。パートナーと組んだところで、こいつが先に死ぬのは目に見えている。

 せいぜい守ってもらえるよう、その体を使ってパートナーに夜な夜な奉仕でもするんだな。


 そんなことを考えていたとき――


「……レイグ・ダクファルト?」

「え?」


 書類に目を通している似非女神が、僕の名前を呟いた。


 おかしい。

 こいつに僕の名前を教えた覚えはない。

 どうして、こいつは僕の名前を知っている?


「あの、今、僕の名前を呼びました?」

「いえ、その……」


 次の瞬間、彼女は衝撃的な一言を口にした。


「私のパートナーになる人の名前の欄に、そう書いてあったので……」


 は?


 一瞬、僕の呼吸が止まる。


 パートナーの名前が、僕と一致している、だと?

 随分でき過ぎた偶然だな。僕と同じ名前の罪人がいるなんて。


 しかし、どうもその人物のことが気になる。僕の苗字はなかなか珍しく、同じ性を持つ人間など家族以外に一度も見たことがない。本当に同姓同名の別人だろうか。


「ち、ちょっと、その書類を見せて下さい?」

「はい……」


 僕は彼女から紙を受け取り、自分と同じ名前が記載されているという部分を見つめた。

 レイグ・ダクファルト。

 確かに、自分と同じ名前が記載されている。


 そして、その横に『政府特別任務執行官』と書かれていた。


 つまり――







 完全に僕のことじゃねぇか!







 え? なぜ? どうして?

 ありえない!

 僕は罪人になった記憶はないぞ!?

 それなのに、どうして僕が魔蟲種討伐なんかしなくちゃいけないんだよ!?

 しかも、よりによってこんな似非女神と!


「あの……どうかしたの?」


 紙の端を握り潰してわなわなと震える僕。

 その瞳をカミリヤが覗き込んでくる。


「うるせぇ! こっちを見るな、クソ女神!」

「ええっ!?」

「ありえない……こんなの、ありえないんだ……」


 もう一度、僕は書類を眺めた。

 さらにその下の欄には『特殊案件により罪人の監視として指名・裁判所の推奨により決定』と書かれている。


 何なんだよ、罪人カミリヤの監視って!


「あの……あなたが私のパートナーということでいいのよね?」

「いい訳ねぇだろ! 誰がお前なんかと組むか、似非女神ィ!」

「ひぇ、酷い!」


 わけが分からない。

 一体、どうして僕がこいつのお守りとして魔蟲種討伐に行かなくちゃならないんだよ!


 どこでこんなことが決まったのか。


 僕は怒りと焦りに押し潰されそうになりつつも、取調室を飛び出した。

 これを決定したクソ野郎を見つけ出さなければ……!

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