第1章 どうしてサイコ女と僕が
第1話 カミリヤという似非女神
そいつは、自分のことを「女神」と名乗る不審者だった。
* * *
「あれ……おかしいな?」
どこまでも広がる帝都の巨大な街。
その中央に位置する国所有の荘厳な神殿。
無数に立ち並ぶ大理石の柱によって囲まれた大広間には、物々しい雰囲気が漂っていた。
「なぁ、大臣よ」
「どうしましたか、皇帝陛下」
「本当に勇者とやらが召喚されるのかね?」
「あの女の言うとおりならば、魔法陣の上に50から100人程度の戦士が現れるはずなのですが……」
「我々はかれこれ数時間待ったのだが、まだ現れないのかね?」
帝国の皇帝・大臣といった重役が神殿に集結し、大広間の中央を睨む。
彼らの視線の先には、大理石の床に描かれた巨大な魔法陣。
その隅に立つのは、白いローブ姿の若い女。
「あ、あれ? どうして勇者が出てこないのよぉ!」
彼女は握っている杖を高く上げたり大きく振ったりしているが、魔法陣に変化は見られない。
彼女が現在実行しているのは『勇者召喚の儀式』だ。
現在、この世界には『魔蟲種』と呼ばれる生物群が現れており、人類は彼らとの戦闘を強いられている。多くの村や集落襲撃され、人間の死傷者数は増加する一方。
こうした事態を重く見た帝国政府は『勇者召喚の儀式』を実行することを決定した。
この儀式の目的は、異世界から使い捨ての
そして儀式実行のために呼ばれたのが、魔法陣の隅に立つ女、カミリヤである。
彼女は『女神』と呼ばれる存在らしい。常人には持ち得ないような不思議な能力を保有しており、一部辺境の村では彼女を信仰する動きもあるようだ。
この儀式の実行役を願い出たのも彼女である。皇帝陛下はそれを受け入れ、神殿を実行場所として彼女へ提供した。
そうして今に至る。
しかし――
「さっきから何も現れないじゃないか!」
儀式が始まってからかれこれ数時間が経過したのだが、誰一人魔法陣の上に現れない。
痺れを切らした皇帝の側近がカミリヤに詰め寄る。
「勇者召喚の儀式はどうなったんだね?」
「え……あの……そのぉ……もう少しで勇者が現れると思うんですけど」
側近の表情は憤怒に満ちている。眉間にしわが寄り、米神がビキビキと震えていた。
一方、カミリヤは顔面蒼白だ。冷や汗が彼女の肌を滝のように流れていく。
無慈悲にも床の魔法陣は全く変化せず、魔法が発動する気配も見られない。
「もう我々は待てない! 儀式は中止だ!」
側近はカミリヤを指差して叫んだ。
「そ、そんなぁ! せっかくここまで用意してもらったのに!」
「駄目だ! 我々も暇ではない! 我々はすでにこうして数時間以上待機しているのに一向に現れないではないか!」
普段から多忙な皇室関係者は、目の前で行われる何も生まない儀式に激怒していた。
「で、ですから、来るはずなんです!」
「貴様の話では大人数の『勇者』が召喚されるはずじゃなかったのか!?」
「わ、私もそう思ってたんです! でも、なかなか現れてくれなくて……!」
「さては貴様、ペテン師だな」
「ええっ!?」
彼は皇帝陛下に歩み寄り、自分の意見を伝える。
「皇帝陛下、この女は我々を騙して契約金だけを奪い取ろうとしたのでしょう! きっと『女神』などという通称も虚偽に決まってます!」
「ち、違います!」
その説明にカミリヤは反論する。
「だったら、早く戦士を魔法陣の上に出して見せろ!」
「そ……それは!」
「ほら、できないではないか! 実際のところ、そんな能力はないのだろう?」
「ち……違うんです、これは……」
彼の言葉に、カミリヤは涙を浮かべながら言葉を詰まらせた。足元を見つめ、うな垂れる。
「陛下、この女を罪人として拘束しましょう」
「うむ、仕方ないな」
「よし、衛兵! この女を拘束しろ!」
側近の男が叫ぶと、皇帝を近くで護衛していた兵士が彼女を取り囲んだ。
「い、嫌ぁ……!」
彼女は腕を激しく振り、逃走を試みる。
しかし――
「ほら、大人しくしろ!」
「や、やめてぇ!」
あっさりと彼女は拘束された。
2人の兵士によって両腕を抱えられ、帝都の牢獄へと連行されていく。彼女は「離して」と泣き叫び、ジタバタと暴れ、兵士を振り払おうとするも彼らの拘束は緩まらない。
まぁ、ペテン師の末路としては上出来じゃないか?
「それでは、レイグよ」
「何でしょう、大臣?」
儀式を遠くから見守っていた大臣は、隣に立つ僕に話しかけてきた。
「あの女の処罰については君に任せてもよいかな?」
「はい。お任せください、大臣」
大臣の秘書である僕には、よくこうした雑用が任せられる。
しかしまぁ、僕もこの儀式を最初から最後まで見させてもらったが、目に余るものだった。
女神?
異世界?
勇者の召喚?
馬鹿馬鹿しい。
そんな存在やそんなことができる魔術があるわけないだろ。
きっと、あのカミリヤという女は頭がおかしいのだ。自分の妄想を現実のものと思い込んでいるに違いない。
「では、私は仕事場に戻る。裁判所からあの女に関する判決が数日中に言い渡されるはずだ。あの女の面倒を最後まで頼むぞ?」
「承知しました」
僕は神殿の出口まで大臣を見送った後、カミリヤというインチキ女神が拘束されている留置施設へ足を進めた。
「しかし……面倒な雑務を押し付けられたものだな」
あんなサイコ女の面倒を見るなんて、仕事じゃなかったら絶対に放り出しているだろう。
あんなヤツはさっさと処罰して僕らの目の届かないところへ放り込むに限るのだ。
* * *
しかしこのとき、僕は夢にも思わなかった。
大臣が出したこの指令が、僕の人生を大きく揺るがすものになるなんて。
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