玉ねぎ女

夜々葉 詩乃

第1話

通勤中定期入れを落とした。

日頃トートバッグに入れ持ち運んでいるのだが、改札で取り出そうとしたらトートバッグの中に無くそこで気がついた次第である。

慌てて周りを見渡してみたが道端に落ちていることもなく見つける事は出来なかった。

来た道を引き返して草の根一つ一つを掻き分けてでも探したい気持ちでいっぱいであったが、悲しいかな通勤中の私にはそのような時間は無かった。



仕方がなく小銭を支払い鬱々と電車に揺られながら会社へ向かう。

ふと、私の心には「もしかしたら机の上に置き忘れてきたのかもしれない」という可能性が浮かんできた。

そうこうしているうちに会社に着くと後ろから声を掛けられ、振り返ると同僚が立っていた。

定期入れが朝見当たらなく、もしかすると失くしてしまったかもしれない。という事を話すと、同僚は大変だったねと慰めてくれた。

気持ちは嬉しいが、同時にこの喪失感を共有できる人などいないのだな、などと思う。

件の定期入れは学生の頃今は亡き親と一緒になって買いに行った想い出が詰まった物なのだ。

なんだか急に孤独を感じた。



仕事を終え、また電車に揺られ、座れたので得した気分で駅を出る。

家へ着けば、机の上に置き忘れてきた定期入れとの再会が待っているという確信が私の中にはあった。

そう思うと月曜日の夜だというのに足取りは軽くすぐに家へと着いた。

鍵を回し真っ暗な家へ「ただいま」と一声かける。

荷物を置き、電気を付け、机の方へ恐る恐る目をやると、そこには何もなかった。

私は何も言わず棚から生温い缶ビールを取り出しテレビの前へと座る。

テレビの中では今話題の芸人達が楽しそうに笑っているが、全然面白く無い。

しばらくの間テレビを眺めていたが

ふと、台所に立つと玉ねぎを切り始めた。





涙が止まらなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玉ねぎ女 夜々葉 詩乃 @Alstroemeria_Y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ