リピーティング
蒲公英
第1話
今日のノルマは達成した。
私は就職活動をしながら執筆活動もしていた。しかし平凡な高校、大学を出た私は簡単に職に就けず、執筆の方を本業にしようと考えていた。そのことについてはもう一つ理由がある。楽しい。いろいろとストーリーを考え、書くのが楽しかった。しかし、今はノルマというくらいなほどにそこまで楽しくなくなった。今まで出版社に数作品送ったのだが、その返事が
『残念ながら、今回は選ばれませんでした。またの作品をお待ちしております』
だった。今まで送った作品すべてだ。小説家も簡単な仕事ではないことは知っているが、何の光の一筋もなく挫けている状態である。
徐に、カーテンを開け、外の景色を見る。外は暗くなっていた。せっせと自転車をこいでいる学生は、ボロアパートの二階から見ている以上に小さく見えた。
とりあえず、やることはやったので今日は寝ることにした。
ふと目が覚めた。いつもはアラームが鳴ってもなかなか起きないのに。携帯を見ると、時刻は十月二十八日木曜日五時四十四分だった。
そうか、今日は誕生日か。どうりで早く起きるわけだ。
脳は忘れていても、体は覚えている。何だか今日は良いインスピレーションが湧くような気がして、早速執筆に取りかかった。だが、気だけであった。二時間ほどで書いた量は原稿用紙で四枚と少し。いつもなら、その二~三倍は書けるのに。だが、疲労感はいつも以上だった。気を取り直し、いつもの粗末な朝ごはんを食べ、また書こうとした。だが、良い案も浮かばなく、気分転換のため外へ散歩することにした。
服装を整え、顔を洗い、戸を開けた。
「……」
戸を閉める。そして、また戸を開ける。
「……」
絶句した。いつもならボロアパートの錆びた柱が見えるのに、今日は見えない。それはおろか風景が違いすぎる。向かいにはいつもは見られないビルが建っている。浅い青色の。よく見るために玄関から数歩前に出る。自然と下に目がいった。二階とは思えないほど、下の景色が小さかった。一睡している間に変わりすぎていて、驚いた。携帯を再度見ても、日付は変わっていない。むろん西暦もだ。正真正銘、私は一睡しただけだ。私はこの不思議なことをネタにして、小説を書いてみようと思ったが、あまりにも情報がなさすぎた。情報収集がてらに散歩することに決めた。
散歩というより散策かもな。
自分の住んでいる建物が意外と単純なつくりであったため、すぐにエレベーターを見つけることができた。それに乗ってここの階が四十五階だと分かった。
高っ。
四十五階となるとエレベーターに乗っている時間も長いのだろうと考えながら一階のボタンを押した。
こんなに高いと家賃とかいい値段なんだろうなぁ、と考えていたら、もう一階に着いた。
速っ。
体感的に十秒かからないくらいだろう。
「ちょっとワープしたのかな、ハハ」
とわけの分からない冗談を一人で言った。
悲しいなぁ。
隣に彼女でもいたらこの気分も変わるだろうに、などと思いながら、マンションを出た。
「えっ?」
声が漏れてしまった。人気が全くなかった。いくら平日だからといって、一人として人がいないなんて、かつ都会だぞ。周りを見ればビルなどの高い建物ばっかり。車も一台としてない。
何だか寂しい。
この世界には自分一人しかいないみたいに感じた。
「自分は苦労して、やっと生きているのに、他の人達は悠々とパートナーと暮らしているのか? ムカつく!」
そう嘆いていた日々が何だか懐かしく感じられる。だが、それを打ち壊すようなこの都会。全て似ている。
ビルの外壁は青く、道路もいつも見ているのより青っぽい。遠くに見える歩道橋のようなものも青い。一面に造られた青を見て、より一層寂しくなる。
こんなとこで気分が沈んでは小説のネタが見つからないという考えが湧いてきて、気分を入れかえて散策を続けることにした。
どれだけ歩いたのだろうか。お腹もすいた。足もジンジンする。だが、この世界のことについて、分かってきたこともある。それは昨日までいた世界の道や建物の配置が似ている。空き物件に高いビルが建っていたり、民家が飲食店になっていたりはするものの、見たことのある感じだった。あと、薄々感じていたことだったのだが、人がいない。コンビニを覗いても、公園を見かけても。人影すらない。人がいないと確信した時その関連でもう一つ分かったことがある。人以外の動物もいないことだ。人がいないから飼われている動物がいないのはもちろんだが、野良もいない。そう、犬も猫も。空を見れば鳥が電線にとまっていて、地を見れば蟻が行列をつくっている、そんなことはもうなかった。ただ植物はいる。生物として見れば、寂しくはないだろう。
若干、寂しさがまぎれたところで、お腹がすいていたことを改めて感じた。少し周りを見渡すと、『パスタ』という文字の看板を見つけた。青色の。
そろそろっと中に入ってみると、昨日までの世界の飲食店とほとんど内装は変わりがなかった。テーブルに椅子。ただ人がいないのを除いては。
待てよ。それじゃあ、作ってくれる人もいない。食べられない。とがっかりした時
「イラッシャイマセ。ドウゾ、オスキナセキニスワッテクダサイ」
脳に直接語りかけてくるような機械音がした。
ちょっと気持ち悪い。
ただ、お腹を満たすのには代えられないので、適当に席についた。テーブルにはメニューがない。壁にも貼りついていない。
「すみません、メニューはありますか」
自分の声が響く。
「オスキナモノヲイッテクダサイ」
機械音が頭に響く。
えっ? お好きなもの? 言えばなんでも出てくるのか? と不思議に思いながら
「パ、パスタで」
「カシコマリマシタ」
そう聞いてから数秒後にテーブルの下からパスタが出てきた。唖然とする。テーブルの下を覗き込んでも、テーブルを支える柱が一本あるだけだ。強いて言うなら、テーブルが若干厚くなっている。
まあ、とりあえずパスタを食べよう。
どうやらミートソースパスタのようだ。肉はないから、トマトソースパスタと言うべきか。一口食べてみる。
「あっ、おいしいかも」
思いのほか、自分の口に合った。フォークが進む。数分で完食した。満足だった。フォークをお皿に置くと空のお皿とフォークがさっとテーブルの下に戻っていった。これじゃ、長居はできなぁと思い、
「お勘定を」
「オカネハイリマセン。マタノオコシヲ」
そう言われてしまった。寒い財布の中身にはうれしかった。あまりとっついて、払わなきゃいけなくなるとなんだか損した気持ちになると思い、機械音のお言葉に甘えてお店を出た。
ふーっと一息吐いた。雲一つない青い空。また歩き始める。小説のネタを探しながら。
そんなに時間が経たずに、私は一際目を引く大きな建物を見つけた。それは、ビルとしては高さが低めで、他のビルより横に広い。ずっと似たようなビルを見続けていた私にとって、ものすごく新鮮に感じられた。興味本位で中に入る。広々としている。いや広々としているというか、椅子しかない。だが、少し変な配置だった。部屋の中央は何もなく壁際に椅子が並べられていて、人一人がゆとりを持って座れるくらいの幅にしきりがある。何が起こるか分からないが、その中の一つに座ってみた。
「ゴヨウケンハナンデショウカ」
また機械音が直接頭に話しかけてくる。お昼ごはんを食べたところより少し音が高かった。用件か。質問でもいいのかなと思い、
「えっ、えーっと、あーん、そうだなぁー。あっ、この国についての情報が知りたいです!」
「コノクニニツイテノジョウホウハアリマセン」
期待外れの答えだった。ならば、
「この国には何で動物がいないんですか」
「ワカリマセン」
まぁそうか。何の情報もない使えない機械に聞いても何も返答がないなぁ。そう心の中で思いながら、椅子から立ち上がってこの大きな建物を出た。やはり自分の足で情報を得なければ。
また歩き始めた。
青空が終わらない。そう感じたのは大きな建物を後にしてから数時間のことだった。そろそろきれいな赤い空が欲しかった。自分の体内時計を信じて家に帰ることにした。家がどこなのか分からないのが大問題なのだが。歩こう。そうすればいつかは家に着くだろう。
あまり時間が経つことなく、朝自分が出てきたマンションが見えた。周りのビルなどと似ているが、何だか分かった。
ワープするようなエレベーターを使い、自宅に着いた。戸を開ける。
いつもの自宅だ。凄く落ち着く。この自宅だけはいつもの世界。何でもないただ一つの小さな部屋に感動した。
それから携帯を見る。十月二十八十月二十八日木曜日十九時十六分。
意外だ。もっと真夜中だと思っていた。
ただ、この世界での出来事がありすぎて実際の時間以上の疲れがある。これから小説を書くのは辛い。だから、今日は小説を書かずに今日の出来事をメモした。
「明日はもう少し遠くの方まで行ってみよっかな」
そうつぶやいたら、急に眠気が襲ってきた。
ピピピピッ、ピピピピッ。
アラームが鳴る。それに応じて私の手が何度も何度も携帯を触る。やっと止まった。いつもなら、ここから二度寝をするが、なぜだか目が覚めてしまった。おもむろに携帯を見る。十月二十八日木曜日午前六時三十一分。
「んんー?」
自分でも驚くうなり声だ。昨日は二十八日。今日も二十八日。
実にありえない。
この世界は常に私の誕生日を祝ってくれるのかな。
少し時が過ぎ、昨日が夢だったということにした。それ以外に納得のいく結論が出なかった。だが、外が気になってしまう。
もしも、もしもあの世界のままだったら……
とちょっと怖かったが、カーテンを開ける。数十秒程静止する。あの世界だ。昨日のことは正夢だったのか、いや本当に起きたことなのか。頭の中の整理がつかずに外にとび出した。
夢で見たこと、そのままの世界だった。
昨日のことは夢なんかでなく、実際に起きたことなのではないか?
そんなことが脳裏によぎる。
数分の後、昨日の事象についての整理がついた。二つの考えがある。
一つは夢であること。
最初に考えたとおり、昨日起きたことは鮮明な夢ってだけだった。ただそれだけ。そして、それが予知夢ってだけ。
もう一つは、この世界は一日の周期がものすごく長いということ。異世界に飛んでしまったことは認めることになるが、異世界なら、今までの常識が全て通じないといっても過言ではないだろう。
他にも考えはいろいろあるだろうが、この二つの考えに落ち着いた。もし夢論なら、明日目を覚ませば日付が変わっていることで証明はでき……
ちょっと待てよ。夢でも異世界に来たということに変わりはないではないか! バカだ。結局、両方ともここが異世界だということを認めてしまっているじゃないか。
急に眠気が襲ってきた。今、興奮しているのに。だんだんと気が遠くなっていく。日付が変わって欲しいと祈りながら。
ピピピピッ、ピピピピッ。
アラームを止め、布団から出て、携帯を見る。日付は変わっていない。時刻は午前六時三十分。ということは、昨日の考えの後者ということになるのか。
ふと思う。昨日は、といっていいのだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが、確か、布団には入っていないはず。寝ぼけながら布団に入ったのか。寝ている間の自分が怖い。
朝の諸用を済ませた。さて、今日は何をしようか考える。もし、ある時間で自分が眠ってしまい、気付いたら布団の中で寝ているということになってしまうのなら、ずっと同じ方向に一直線に進んで、帰ってこられないほど遠くに行っても、一睡すれば布団の中にまた戻ってくるのではないかと。
貴重品を持ち、歩き始めた。
風景はずっと青いままで、見飽きていた。今朝の地点ではここまで過酷になるとは思っていなかった。携帯を見ると、十一時だった。お昼を前にして、この辛さ。それでも歩き続けた。
私は足を止めた。時刻は十六時四十五分。なぜ止まったかというと道が途切れていた。先は、森とか崖とかではない。何と表現したら良いのか分からないが、強いて言うなら
デジタル世界のバグ
のよう。今いる青い世界とバグの境はモゾモゾとしている。バグのような世界の黒と今いる世界の青は相容れないように。電気のビリビリしたような感じもある。まだ創られていないような世界。まさに、「世界の端」に来たという感じがした。おそらく、ここで寝れば布団の中に戻るだろうと思ったが、「世界の端」のさらに先が気になって仕方なかった。
ここでバグの世界に足を踏み入れて、二度と帰ってこられなくてもいいかな。この異世界にいる時点であまり変わらないし。元の世界に戻れないのかもしれないなら、いっそのこと……。
最終決断に至るまで、一時間程度を要した。
バグ世界に飛び込むことにした。あと一歩でバグ世界に入るとこで立ち止まって、一つ深い呼吸をした。
いざ参るっ!
ジャンプしてバグ世界に入る。
そこには地はなくバグの闇に沈んでいく。深く深く吸い込まれていくような感じもした。仰向けになり、頑張って手を上に持っていくも、さっきまでいた青い世界には全然届かなかった。だんだんと小さくなる青。
このまま落ちて、いずれ死ぬのかな。楽しい人生ではなかったけど……。何だか寂しい。
もう一つの点ほどしかない青色がにじんで少し大きく見えた。
最後に泣いたのはいつのことだろう。
そんなことを考えながら、青い点を見つめる。自分の涙が、水の中の気泡のようにフワフワと浮いている。少し口元がゆるんだ。
当たり前のように今日があって、当たり前のように明日のことを考える。何て幸せなことだったのだろうか。明日はどんな世界に生きるのかなぁ。
静かに目を閉じ、体を楽にした。
ピピピピッ、ピピピピッ。
いつものアラームだ。自然と涙が出てきた。
情けない。情けなさすぎる。
二日連続で泣くなんて。
でも、日付は一緒だろうから、一日として考えても良いだろうけど。
今日一日は家で過ごした。何だかんだで、この世界に来てから初めてのことだった。
この一日は貴重な一日である。どうせ、毎日毎日同じ日が流れると思うが、勝負は明日と決めた。この平和ボケして、明日が絶対に来ると考えた、自分の落ち度から同じ日が繰り返されるのならば、一日でこの世界を―――。
それからどうなったかって?
この話をあなたが読んでいるということは、もうお分かりでしょう。
どうやってあの世界から脱出したかって?
それを悪者が知ったら、地球が滅亡してしまうでしょう。だから、教えることはできません。
いつもいつも明日が来ると思っているのなら、その考えは捨てた方がいいですよ。あなたも私と同じ世界に迷い込んでしまうかもしれません。
リピーティング 蒲公英 @haryu
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