第13話 梅雨冷え2

 彼に確かめに行こう。

 メールで聞くより、直接聞く方がいい。

 そう決意したあたしは、翌日の放課後、小学校へ向かった。

 いつもより早く授業が終わったせいか、途中で彼に会うこともなく、小学校の校門前に着く。

 今日は雨こそ降っていないが、朝からどんより曇っていてちょっと肌寒い。

 一週間前の暑さがウソのようだ。

 なんとなく、榮くんと別れた日の感じに似ている気もする。

 って、不吉なこと考えちゃてちゃダメ。

 あたしは、真実を知るためにここへ来たんだから。

 小学校も今が下校時刻なのか、たくさんの児童が校門から出てくるが、肝心の彼の姿はどこにもない。

 なんか、じろじろ見られて恥ずかしいな。

 不審者だと思われたらどうしよう。

 心が折れかけたところで、子供たちの中に見覚えのある顔を見つけた。

 あの子ではない。

 あの子と一緒にいた、あの女の子だ。

 今日は長袖の白いTシャツに紺のハーフパンツを穿き、青いスニーカーを履いている。

 ランドセルは紺色で、全体的にボーイッシュだけど、やっぱりすごく可愛い。

 向こうもあたしに気付いたようで、声をかける前にこちらへやってきた。


「こんにちは。何か用ですか?」


 くりくりした目が、じっと見上げてくるのにひるみそうになりながら、あたしはなんとか答える。


「えっと、あの、出くん。上坂 出くんに」

「えっ?」


 その子はさらに目を丸くした。


「僕に何の用ですか?」

「えっ?」


 今度はあたしが驚く番だ。


「キミが、出くんっ? 榮くんの弟の」

「はい。お姉さん、兄の知り合いなんですね」


 出くんの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 っていうか、この子、男の子なの?

 こんなに可愛いのに。

 確かに色の白いとことか、優しげな顔立ちとか榮くんに似てる気もするけど。


「それで僕に何の用ですか?」


 おっと、いけない。

 当初の目的を忘れるとこだったわ。

 って、どうしよう。

 あの子が榮くんの弟か確かめようとしていたのに、もうすでに違うとわかってしまった。

 じゃあ、あの子は何者なの?

 この子に聞けば、それがわかるのよね。


「えっと、この間、一緒にいた男の子いるでしょう。その子のなま……」

「いうなよ、出っ」


 いきなり、聞き覚えのある声が割って入った。

 見ると、いつの間にかあの子が、出くんの背後に立っている。

 赤いTシャツに黒のハーフパンツ、スニーカーも黒だ。


「オレの名前とかいろいろ聞かれても、絶対教えんな」


 彼はいつになく冷たくいうと、あたしを無視し歩いていく。

 黒いランドセルを背負った背中を追おうかどうしようか迷ったけど、動くことが出来なかった。

 軽蔑された?

 違う。

 怒ってたんじゃない。

 傷付いてた。

 あたしが傷付けたんだ。

 あんなに嫌がってたのに、無理矢理彼のこと知ろうとしたから。


「えっと、お姉さん。悪いけど、僕と彼とは、生まれた頃からの付き合いなので、お姉さんより彼の方を優先させていただきますね。ですから、彼に関して、僕から何かをお教えすることは出来ません。ごめんなさい」


 ぺこりと丁寧にお辞儀して、出くんも彼と同じ方向に帰っていく。

 ああ、本当に榮くんの弟だ。

 ウワサどおり、すごくしっかりしてる。

 でも、どうしよう。

 あの子はもう行ってしまった。

 今から追いかけようにも、どの道を曲がったのか、さっぱりわからない。

 戸惑っていたら、スマホに着信が。

 見ると、あの子からメールだ。

 急いでタップすると、画面にメッセージが現れた。


『ゴメン。しばらく会えない』


 そんなっ。

 しばらくって、いつまで?

 来週からもう夏休みだよ。

 一月以上会えなくなっちゃうよ。

 それでいいの?

 あたしのこと、好きだっていってくれたのに。

 返信しようとした手は、すぐに止まってしまった。

 なんて書けばいいのか、わからなかったからだ。

 だって、悪いのはあたしなのに。

 あたしがあの子を傷付けたのに。

 今更、どんな顔して会えばいいのよ。

 あたしはスマホをポッケに突っ込むと、冷え冷えとした気持ちのまま、あの子が去っていったのとは逆の方向、駅への道を歩き出した。

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