第12話 梅雨冷え1

 あの子と別れたあたしは、前よりもっとモヤモヤした気分で、駅への道を歩いていた。

 さっきのあの女の子、すごく可愛いかったなぁ。

 あの子と仲良さそうだったけど、やっぱあの子のこと好きなのかな?

 あとで何か奢ってとかいってたけど、あの子は何を奢ってあげるんだろう。

 あたしのときみたいに、ケーキ屋へ連れてってあげたりとか?

 何よ。

 あたしにしかしないとか、調子いいこといってたけど、本当は誰にでもあんな感じなんじゃないの?

 ああ、なんかイライラしてきた。

 って、あたしってば、小学生ガ キ相手に何マジになってんの。

 もっと冷静にならないと。

 ふと、鼻に付く雨のニオイ。

 気が付けば、低く垂れ込めた空から、しとしとと雨が降っていた。

 傘を差そうかどうしようか、ちょっと迷うような弱い雨。 

 だけど、頭も身体も結構濡れてしまっている。

 あーあっ。

 今日はちゃんと傘持ってたのに。

 落ち着いて回りを見ないとダメね。

 でないと、何かを見落として、大事なことにも気付けないかもしれない。

 もうすぐ駅だし、自分へのいましめのためにも、あたしはそのまま濡れて歩いた。

 改札を抜け、階段を登ってホームに立つと、とたんに身体が冷えてくる。

 風邪を引かないよう、タオルで頭を拭いていると、彼とはじめて会ったときのことを思い出した。

 あの、梅雨の最中に突如現れた、真夏のような午後。

 あのときの彼、すごくびっくりした顔してたなぁ。

 それで自分の上着を貸してくれて、返しに行ったら、ケーキを奢ってくれた。

 なぜかあたしの名前を知ってて、理由を聞いたら、あたしが告白してフラれたところを見たからだっていってた。

 あれ?

 でも、あたし、告白したとき、わざわざ名乗ったりしたかな?

 榮くんは、元々あたしがどこの誰なのか知ってたし、そんなこと、してないと思うんだけど。

 それに、榮くんはあたしを名字でしか呼ばないから、下の名前なんて、あそこにいただけじゃわからないと思う。

 じゃあ、彼はどうして知ってたの?

 名前だけじゃなく、クラスまで知ってた。

 ワカちゃんの知り合いらしいから、彼女に聞いたのかな?

 でも、なんでわざわざそんなこと聞くの?


『オレ、本気であんたが好きなんだ』


 突然思い出した、夕立の中の告白。

 あれはやっぱり、心からの言葉だと思う。

 だからすごく戸惑ったし、とても嬉しかった。

 それなのに、あの子が他の女の子とも仲良くしてたから、なんか腹立たしかったし、悲しかったんだ。

 って、これじゃ、まるで嫉妬じゃない。

 あたし、あの女の子に嫉妬するほど、あの子のことが気になってるの?

 自分のことは名前すら教えてくれないクセに、あたしのことはよく知ってるちょっとミステリアスな小学6年生。

 大人顔負けに気が利いて、結構強引なのに不思議とイヤじゃない。

 はじめて会ったときからずっと、前にもどこかで会ったことあるような、したわしい感じがしてた。

 本当に彼は、何者なんだろう。

 今まで考えないようにしてたけど、それじゃダメだ。

 もっとちゃんとあの子と向き合わないと。

 そういえば、あの女の子たち、あの子に呼び掛けてたよね。

 確か、イズルくんって。

 その名前、どこかで聞いたことあるような気がする。

 それも、つい最近聞いたような……。


「あっ!」


 思わず声が出て、慌てて口を塞いだ。

 思い出した。

 ワカちゃんの話に出てきたんだ。

 榮の弟って。

 じゃあ、彼が頑なに名乗らなかったのは、彼が榮くんの、あたしがフラれた人の弟だったから?

 前、榮くんの弟のこと聞いたとき、急に怒ったのも、自分がそうだって知られたくなかったから?

 もしそうなら、ワカちゃんと知り合いなのも納得で、ワカちゃんの話ともいろいろ符合する。

 榮くんの弟の出くん。

 上坂 出。

 それが、彼の正体なのだろうか。

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