第10話 梅雨雲り2

 今日の空模様のように、モヤモヤした気分で一日を過ごし、ついに迎えた放課後。

 あの子はいるだろうか。

 校門を出て、いつもの道を歩いていくと、いたっ。

 曲がり角の手前に、えんのTシャツに濃いネイビーのデニムで、赤いスニーカーを履き、昨日と同じバッグを斜めにかけたあの子が立っている。

 目が合うと、彼は照れたように笑った。

 少し大人びた表情にドキっとする。


「きっ、今日は何? また買い物? それとも――」

「菜月に会いに来た。会いたかったから」


 なんか今、さらりと、すごいこといわれた気が。


「どっか、座れるとこ行かない? 近くに公園あるんだけど」

「いいよ」


 彼に付いて住宅街を歩いていくと、なかなか広い公園に出た。

 背の高い木がたくさん植わっているけど明るくて、真ん中に小さな川が流れている。

 こんな場所、高校の近くにあるなんて知らなかった。

 木立の間にある木のベンチに、川を見下ろすように座ると、まるでハイキングにでも来た気分だ。


「実はプレゼントがあるんだ」


 彼はバッグから、水色の封筒を取り出した。


「何?」


 受け取って中を覗くと、水族館の招待券が入っている。

 榮くんと行くはずだったあの水族館だ。

 しかも、二枚。


「こういうの、好きなんだろ」

「好き、だけど……」

「貰ったんだけど、菜月にあげる」


 屈託なくいう彼を見ていたら、朝のワカちゃんを思い出した。


『水族館の招待券、親が貰ってきたから、菜月と一緒に行こうと思ってたら、翔大が友達にあげるとかいって、持ってっちゃったの』


 偶然かな。

 いや、でも、そんな偶然、あるわけないよね。


「これ、天生くんの親御さんが貰ってきた券?」

「なんでそれっ」


 彼が、すごく驚いた顔であたしを見た。


「なんでって、天生くんのお姉さんがいってたから」


 わけを教えたら、彼は小さく舌打ちする。


「羽奏のお喋りめ」

「ワカちゃんのこと、知ってるの?」


 聞くと、彼は一瞬しまったというような顔をしたあと、しぶしぶ頷いた。


「知ってる。アレが何いったか知らないけど、これはオレがちゃんと貰ったものだから、気にしないで」


 貰ったのって、ワカちゃんの弟からだよね。

 つまり、この子が話に出てきた友達で、しかも、ワカちゃんとも知り合いってことか。

 じゃあ、ワカちゃんなら、この子の名前も知ってるんだ。

 って、ますます相談しづらいじゃない。


「なんなら、羽奏とでも行けばいい」

「えっ? キミは行かなくていいの?」

「えっ? いや、さすがにそれはっ……行きたいけど……でも、菜月が行きたいヤツといって。オレには、土産でも買ってきてくれればいいから」


 彼は早口でそういうと、立ち上がった。


「オレの用は済んだから。そろそろ帰るだろ」


 えっ、もう?

 といいそうになって、言葉を飲み込んだ。

 だって、いつもはもう少し、一緒にいるのに。

 今日は引き止めてくれないんだ――って、何考えてんのあたし。


「駅まで送――って、やべっ。悪い、菜月。駅までの道なら、アイツに聞いて。それじゃあ」


 急に焦りだした彼は、あたしに背を向け、目の前の川を勢いよく飛び越えた。

 そして、来たのとは反対側へ、全速力で駆けてゆく。

 その姿は木立にまぎれ、あっという間に見えなくなってしまった。

 何なの、いったい。

 アイツって誰?

 そう思っていたら、後ろから声をかけられた。


「あっれぇ、なっち。なんでこんなとこいるのぉ?」


 振り向くと、制服姿のモモちゃんがいる。

 今、彼女を見て、逃げたってこと?


「あれ、何か落ちてるよぉ。なっちの?」


 見ると、ベンチの下に茶色いハンカチが落ちていた。

 来たときにはなかったと思うから、彼のかもしれない。

 あたしはとりあえずそれと封筒をカバンにしまい、モモちゃんにいう。


「あの、悪いんだけど、駅までの道教えて」

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