第9話 梅雨曇り1

 昨夜はあんま眠れなかったな。

 教室の、窓際にある自分の席で頬杖をつき、灰色の空をぼんやり眺める。

 昨日あのあと10分くらいで雨は止み、彼は買い物をするため、店内へ戻っていった。

 照れくさそうに、じゃあなといって。

 残されたあたしは、雨が止んだわりにまだどこかすっきりとしない空の下、まっすぐに駅へと向かった。

 その間も、電車に乗ってからも、考えていたのは彼のこと。

 家に着いても落ち着かず、何をしてても上の空で、親にもたぶん不審がられていたと思う。

 だって、あたし、告白されたのはじめてだ。

 あんな真剣に、好きだっていわれたことない。

 正直、とても嬉しい。

 嬉しいけど、どうしていいかわからない。

 彼のこと、そんな風に見たことないから。

 榮くんも、こんな気持ちだったのかな。

 少しは嬉しく思ってくれて、あたしのことだけ考えて、眠れなくなったりしたのかな。

 聞いてみたいけど、無理だよね。

 ああ、もう、次あの子に会ったら、どんな顔すればいいのっ。


「菜月っ。ちょっと、聞いてよ。翔大しょうたの野郎、マジムカつく」


 教室へ入ってきて人の顔を見るなり、ワカちゃんが激しく息巻いた。


「えっと、しょーたって誰?」

「弟っ。あのさ、菜月が行きたがってた水族館あるでしょ」


 ああ、榮くんと行く約束してたとこね。


「そこの招待券、親が貰ってきたから、夏休みに菜月と一緒に行こうかなって思ってたら、翔大が友達にあげるとかいって、持ってっちゃったの。自分が友達と行くとかじゃなくて、あげるとかマジないわ。親も、お姉ちゃんなんだから、譲ってあげなさいとか、ホント最悪」


 怒ってるワカちゃんには悪いけど、呑気な悩みで羨ましい。


「菜月んとこは、そういうのない?」

「あー、ないかな。兄だし」

「いいなぁ、お兄さん。大学生だっけ。憧れるわぁ。小学生なんてガキすぎて、話相手にもならないし」

「そんなことないと思うけど」


 あの子と話してて、結構楽しいけどなぁ。


「そうよね。そんなこといったら、小学生に失礼か。いずるとはよく話すし」

「えっと、いずるって誰?」

「あっ、えーと、榮の弟です。ごめんなさい」


 すまなそうにいうワカちゃんを見るのも、いい加減うんざりしてきた。


「そういうのもういいから。本当、気にしないでっ」


 ワカちゃんが、呆然とあたしを見る。

 もしかして、言い方、キツかった?


「……なんか最近、菜月、元気だよねぇ。あ、いや、元気なのはいいことだよ。たださ、前は無理してるなって感じだったのに、今はもう完全に吹っ切れてるというか、心ここにあらずというか、榮のことなんか、ただの友達扱いになってるよね」

「そんなことないよ。友達なんて恐れ多い」

「ほら、その態度。ひょっとして、菜月、もう新しい恋を?」


 その言葉に、ちらりとあの子の顔が浮かぶ。


「そんなっ、あの子のことなんて、別になんともっ」

「えっと、あの子って誰? っていうか、榮のときと反応全然違ったよ。恋する乙女って感じだった。やっぱ、菜月、他に好きな人が?」

「そんなんじゃないよ。そんなんじゃないけど……すごく気になるというか……」


 うまくいえずにいると、ワカちゃんにぎゅっと手を掴まれた。


「いいんだよ。榮のことなんてキレイさっぱり忘れて新しい恋をしても。なんかあったら、いつでも相談して。わたしに出来ることなら、なんでもするから」

「ありがとう」


 ワカちゃんのこういう一生懸命でまっすぐなとこ、あの子に似てる気がする。

 いや、ワカちゃんのが年上なんだから、あの子がワカちゃんに似てるのか。

 でも、さすがにあの子のことを相談するわけにはいかないよね。

 小学生なんて、ワカちゃんからすれば、弟と同じただのガキなんだろうし。

 ああ、本当にどんな顔して会えばいいの?

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