第8話 遣らずの雨2

 空は暗く、雨は激しい。

 絶え間なく降り注いでは、目の前の地面をあっという間に川へと変えた。

 彼のお陰でギリギリ濡れずに済んだあたしたちは、座るところを求め店内へ入ったけれど、どこも一杯だったので、結局また外に出て、屋根の下のベンチに並んで座った。

 そうして、雨の飛沫で服や髪を湿らせながら、止まない雨を眺めている。

 外にはもう誰もおらず、聞こえるものも雨音と耳をつんざく雷鳴ばかり。

 まるで世界から、取り残されたみたいだ。


「雷、怖い?」


 雨に負けないような声で彼がいう。


「別に」


 強がると、彼は笑った。


「オレもガキの頃は雷怖かったよ。でも、学校のベランダで稲妻見てたら、すっげぇキレイでさ、それからは雷が楽しみになったんだ。こっからも見えればいいのにな。菜月も絶対好きになるぜ」


 何よ、まだガキのくせに、生意気なこといって。


「でも、雷落ちたら死んじゃうかもしれないんだよ」

「滅多に落ちないから大丈夫だよ。それに、菜月と一緒なら……」


 そのとき、一際大きく雷鳴がとどろき、彼の声は掻き消されてしまった。

 聞き返すと、彼は別にといって、話題をがらりと変えた。


「菜月はさ、今度付き合うならどんな男がいい? どうせまた優しいヤツだろ」

「優しい人ねぇ」


 小学生相手に恋バナってどうかとも思うけど、あたしは雨を見ながら、真面目に考えてみる。


「そういうのは、もういいかな」

「じゃあ何? オレ様キャラがいいの? ツンデレ? 意地悪されたい?」

「まさか。人に親切にするのは当たり前のことだし、意地悪なんて問題外だよ。でもね、誰にでも優しい人はイヤかなって」


 思わせ振りな態度で人の気を引いて、受け入れてくれたと思ったら、結局最後は拒絶する。

 優しい人というか真っ正直な人は、時に誰より残酷だ。


「オレ、別に優しくないから」


 唐突に彼はいった。


「えーっ、優しいじゃん。初対面なのに服貸してくれたり、ケーキ奢ってくれたり。普通そんなの出来ないよ」

「オレだって、やらないよ。菜月にしか」


 冗談かと思い隣を見ると、真剣な眼差しがそこにあった。


「オレのは優しさじゃない。打算だよ。下心だ。どうすれば菜月と仲良くなれるか、喜んで貰えるのか、それだけを考えてやってる。ね、オレじゃダメ? オレなら、菜月を悲しませたりしない。あんな優柔不断なヤツより、絶対幸せにしてやるから」

「えっと……それって、どういう意味?」

「オレと付き合ってって意味。本気だよ。オレ、本気であんたが好きなんだ」


 何も言葉が出なかった。

 だってこれが、ウソや冗談じゃないってわかるから。


「ああ、もう。今日ここまでいうつもりなかったのに」


 彼は、真っ赤になった顔を、腕で隠す。

 それでも、告白は止まらない。

 降り続く雨のように。


「菜月は失恋したばかりだし、焦るとよくないって、もう少し仲良くなってからでなきゃってわかってたけど、でも、我慢出来なかった。他のヤツに取られるのは、絶対イヤだったから。ね、オレじゃダメ?」


 腕の下からちらりと覗く、頼りなげな瞳。

 彼の気持ちは痛いほどわかる。

 あたしも同じだったから。

 榮くんのこと。

 まだ全然親しくなれてもいないのに、誰かに先越されるのがイヤだったから、無謀な告白をした。


「ダメっていうか、いきなりだったから吃驚びっくりした」


 あたしは言葉を選んで答える。

 傷付けないように、ちゃんと伝わるように。


「だって、まだ会ったばかりで、キミのことよく知らないし、付き合うとかそういうの、今は考えられないよ。ごめんなさい。でも、そんな風にいってくれて、すごく嬉しかった。ありがとう」


 あたしの答えを聞いて、彼は腕を下ろし笑った。


「菜月は優しいね。小学生なんてマジあり得ないとか、名乗りもしない怪しい人なんてイヤとか、いくらでも断る要素あるのに、真剣に考えてくれて」


 そんなこと気にもしなかったわ。

 っていうか、彼が小学生ってことすら、うっかりすっかり忘れてたし。

 雨脚が少し弱くなり、雷も遠ざかって、空もほんのり明るくなってきた。


「やっぱオレ、菜月のこと好きだ。前よりもっと好きになった。まだ、しつこく付きまとうと思うけど、本当に迷惑だと思ったら、そんときははっきりいって。そしたら、陰からこっそり見るようにするから」

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