第7話 遣らずの雨1

 ワカちゃんには、お人好しとか散々いわれたけど、あたしはまったく気にしてなかった。

 困ってる人がいたら、助けてあげる。

 榮くんが、傘貸してくれたのと同じだ。


「大川さん」


 下校中、校門を出たところで、声をかけられた。

 榮くんだ。

 手には英語の問題用紙を持っている。


「ありがとう、助かったよ」

「明日でもいいのに」

「忘れるといけないから。それじゃあ、本当にありがとう」


 丁寧に礼をいうと、また校内へ戻っていく。

 わざわざこれを返すためだけに、追いかけてきてくれたんだ。

 優しいなぁ、やっぱり。

 今日は冷たい風があって、西の空に湧き立った灰色の雲が、ぐんぐんこちらへ近付いてくる。

 急がないと、夕立が来るかもしれない。


「菜月っ」


 また、あたしを呼ぶ声。

 見ると、曲がり角の手前に、あの子がいる。

 今日は黒のタンクトップにベージュのハーフパンツで、茶のビーチサンダルを履き、黒とオレンジのメッセンジャーバッグを斜めにかけている。


「アイツに何いわれたの?」


 それは唐突な質問だった。


「何?」

「アイツ、菜月をふったんだろ。今さら何の用があんだよ」


 どうやらさっきのやり取りまで、しっかり見られていたみたい。

 あたしは、思わず笑ってしまう。


「貸してあげたもの、返してもらっただけだよ」

「貸すとか、お人好しだな、菜月は」


 小学生にまで、お人好しっていわれちゃったよ。


「何笑ってんだよ」

「別に。今日はどうしたの? サッカーの練習?」


 って、サンダルだし、ボールないし、それはないか。


「買い物行くとこ。菜月は今帰り? じゃ、途中まで一緒に行っていい?」

「いいけど、どこ行くの?」

「駅前のスーパー。卵の特売日だから」

「偉いねぇ」

「別に、普通だし」


 お、照れてる照れてる。


「そういえば、キミ、何年生? それも秘密なの?」


 あたしは未だ彼の名前を知らない。

 昨夜、写メ送ったとき、もう一度聞いたけど、やっぱり教えてくれなかった。

 適当でいいといわれたから、《小学生》って登録してやったけど、誰かに見られたら、なんて思われるだろう。


「6年」


 期待してなかったけど、今度はちゃんと答えが返ってきた。

 名前以外は、教えてくれるんだ。

 ここまでかたくなに名前だけいわないなんて、ひょっとして、ものすごくヘンなのかしら。

 だとしたら、あんまり聞いたら悪いかも。

 なんてことはさておき、やっぱり6年生だったのか。

 ワカちゃんの弟と同級生だ。

 あと、榮くんの弟とも。


「ねぇ、天生くんって子、知ってる?」

「知ってるけど。何で?」

「友達の弟なんだけど、すごく可愛いっていうから、どんな子かなって」

「別に、可愛かねぇよ。普通だよ」


 ちょっと不機嫌そうな口振り。

 ヤキモチだろうか。


「じゃあ、上坂くんって子は? しっかりしてて、大人っぽいって――」

「何だよっ。何でいきなりそんなことばっか聞くんだよっ」


 突然、彼の口調がキツくなった。


「そんなんどうでもいいだろっ」

「ゴメン」


 しつこく聞きすぎたかな。


「あ、いや、こっちこそ、ゴメン。強くいい過ぎた。本当にゴメンなさい」


 彼はペコリと頭を下げる。

 どことなく、榮くんみたいだ。


「あたしこそ、ゴメンね。もう聞かないから」


 そうこうするうちに、スーパーが見えてきた。

 もうお別れか。

 あれ、なんか今、早いなって思っちゃった?

 つまんないなって。

 そんな風に感じるのは、さっき怒らせちゃったせいかな。

 それであんまり、楽しく話せなかったから。

 そんなことを考えていたら、ぽつんと頭に水滴が。

 いつの間にか空は暗い雲に覆い尽くされ、そこから大粒の雨がぱらぱらと落ちてくる。

 

「やべっ」


 ひょいと、彼に手首を掴まれた。

 そのまま強く手を引かれ、スーパーの屋根の下に駆け込むのと、雨が激しさを増したのは、ほぼ同時だった。

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