第6話 梅雨入り晴れ(ついりばれ)3

「ちょっと、菜月。昨日はどうしたの?」


 翌日、教室へ入るなり、ワカちゃんに声をかけられた。


「すっごい大慌てで帰ってったでしょ。本当は昨夜ゆうべ聞こうと思ってたんだけど、疲れて寝ちゃって。なんかあった?」

「え、ああ。人と約束があって、遅れそうだったから」

「何それ、デート?」


 別のところから声がかかった。

 ショートカットがカッコいい、りっちゃんだ。

 彼女は、知らない。

 あたしが告ってフラれたばかりだってことを。


「りつぅ。そういう、プライバシー詮索せんさくするようなこと聞いちゃダメっしょ」


 ワカちゃんがりっちゃんの首に背後から腕を回す。


「ちょっ、ワカ。苦しいって。それよか、昨日電話出たの、妹さん? 姉はもう寝てますっていってたけど」

「は? 何それ」

「頼みたいことあったのに、ちっとも既読にならないから電話したの。したら、寝てるっつうからしゃあないなって」

「アイツ、また人のスマホ勝手にぃ。あ、妹じゃなくて弟ね」

「へぇ。女の子かと思った。小学生?」

「うん。そこの小学校通ってる。今6年」


 じゃあ、あの子と同級生かな。

 それとも、いっこ上?

 ワカちゃんに弟がいるのは知ってたけど、そんなの考えもしなかったよ。


「あ、羽奏の弟なら知ってるよぉ。すっごく可愛いんだよねぇ」


 また、別の声が加わる。

 ワカちゃんと同中おなちゅうで、ゆるふわロングヘアーのモモちゃんだ。


「可愛くない。見た目も性格も全然可愛くない。生意気だし、人のモン勝手にいじるし、可愛いってんなら、榮の弟のがよっぽど……」


 ワカちゃんは、急に黙り込んでしまう。


「どうしたの?」


 あたしが問うと、ワカちゃんは気まずそうに視線を反らす。


「いや、その……ゴメン」


 あたしにだけ聞こえるよう小さく謝ってくれたけど、それってつまり榮くんの話をしてゴメンって意味だよね。


「いいよ、別に。それより、さ……上坂くんも弟いたんだ」


 あたし、本当に、彼のこと何も知らなかった。


「あ、うん。うちの弟と同級生。すごくしっかりした子で、うちのと比べると、全然大人だよ。同じサッカーチームに入ってるんだけど――」

「羽奏ぁ。ウワサをすれば、お客さんだよぉ」


 うふふと、モモちゃんが笑いながら、廊下を示す。

 見ると、榮くんが遠慮がちに立っていた。


「よくうちのクラスに顔を出せたわねぇ。意外とつらの皮厚いんだ」


 ワカちゃんが、笑顔で毒づく。


「いや、その……B組も英語、かし先生だよね。期末の問題用紙持ってないかな?」

「英語ぉ。持ってないわよ。うち、テスト返却、昨日だったし」

「そっか……」


 榮くん、なんか元気ないなぁ。

 笑顔もないし。


「問題用紙、あたし、持ってるよ。貸そうか」


 思わず声をかけたら、ものすごく驚いた顔をされた。

 榮くんもワカちゃんも、同じ表情だ。


「樫野先生、テスト返却のとき問題用紙持ってこないと、10点減点とかいってるもんね。待ってて、今持ってくるから」


 あたしが問題を取りに行こうとしたら、ワカちゃんに呼び止められた。


「いいよ、菜月、ほっときなって。コイツ、英語得意だから、減点されたって、80点以上あるから大丈夫」

「いや、それは……」

「英語だけじゃないよ。中間の順位、学年18番だったもん。だから、いいって」


 すごい。

 榮くん、頭いいんだ。


「中間はそうだったけど、期末はさっぱりというか、その……あまり勉強に身が入らなくて」


 榮くんがちらりとあたしを見る。

 そっか。

 あたしがフラれたあとすぐに、期末試験がはじまった。

 あたしは榮くんのことを考えないよう、勉強に集中したけど、榮くんは逆に、あたしを気にして勉強出来なかったんだ。

 それくらい真剣に、あたしのこと、考えてくれたんだ。


「今持ってくる」


 あたしはちょっとすっきりした気分で、机の中を漁った。


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