第5話 梅雨入り晴れ(ついりばれ)2

「あのさ」


 ケーキを待つ間、さりげなく聞いてみることにする。


「そういえば、キミ、名前は?」


 って、全然さりげなくなかった。

 とたん、彼の表情がガラリと変わる。

 笑みが消え、真顔になる。


「人に名前聞くときは、自分から名乗るもんじゃない?」


 そういえば、あたしもまだ名乗ってなかった。


「あ、あたしは、大川――」

「菜月だろ」

「えっ?」

「そこの高校の1年B組で――先週、出来たばっかの彼氏にフラれた」

「なんでそんなことっ」


 思わず立ち上がっていらぬ注目を集めてしまい、あたしは急いで座り直す。


「なんで知ってるのよ」


 小声で問うと、彼はいった。

 にこりともせず、淡々と。


「見てたから。あんたが告白して、OK貰って、結局フラれたとこ」

「はっ? なんでっ? どっからっ?」


 人気なんて全然なかったのに。


「あそこ、高校側から見れば、人気のない校舎裏かもしれないけど、普通に道路から丸見えだから」

「ウソっ」


 通行人に見られてたの?


「ああ、オレ以外、誰もいなかったから大丈夫。あの先、車両通行止めで、通るヤツあんまいねーし」


 そんな人通りの少ない道に、どうしてキミはいたのよ。

 それも、よりによって全部見られるなんて。


「オレがあそこにいたのは、一人でサッカーの練習してたから。人来ないから、ちょうどいいんだ」

「って、なんでさっきから人の考えてることに勝手に答えてんの。もしかして、エスパー?」

「まさか。あんたがわかりやすいだけだって」


 ウソでしょ。

 そんな顔に出てる?

 軽くショックを受けていたら、ケーキセットが運ばれてきた。

 ケーキは二つとも彼オススメのイチゴで、紅茶はあたしがアッサムのミルクティー、彼はアイスでアールグレイのストレートだ。


「早く食おうぜ、菜月」


 いつの間にか呼び捨てにされてるけど、気にしないことにする。

 それよか、今はケーキよケーキ。

 お皿の上では、生クリームの真ん中にイチゴが入ったシンプルなロールケーキが、たぶんイチゴの赤いソースやカスタードソースで、キレイに飾り付けられている。

 写真に撮りたいくらいオシャレだ。


「撮ればいいじゃん、写真」


 すでに食べはじめている彼がいった。

 また、顔に出てたのだろうか。


「そんで、あとでオレにも送って」

「わかった」


 あたしはスマホで写真を撮ると、フォークを手に取った。


「ん。美味し」


 スポンジ、しっとりしててふわふわだ。

 クリームはすごい濃厚で、でも全然しつこくない。

 全体的に甘さ控えめだから、いくらでも食べられちゃいそう。

 あ、でも、中のイチゴは、めっちゃ甘いわ。

 回りのソースも舐め尽くしたいくらい美味しいし、紅茶もいつも飲んでるティーバッグのものとは味や香りが全然違う。

 ああ、幸せ。


「よかった、気に入ってくれたみたいで」


 また、あたしの表情を読んだのか、彼の顔に笑みが戻った。


「そろそろ出ようか」


 クーラーが効いた店内を出ると、たちまち熱気に包まれる。

 もう5時になるというのに、外はまだまだ蒸し暑い。

 これからこういう日が、どんどん増えていくんだろうな。

 彼はあたしを、通学路まで送ってくれた。

 本当は駅までっていったけど、さすがにそれは断った。


「今日はありがとう。ケーキ、美味しかった」

「今度は菜月が奢ってくれるって話、覚えてる? 写真送ってっていうのも」

「もちろん」

「じゃあ、これ、オレのメアド。あとで写メ送って」


 そういって彼は手書きのメモをくれた。

 いったい、いつ用意したんだろう。


「あ、そうだ、名前」

「ヒミツ」


 気持ちいいほど、きっぱりした一言。


「……ヒミツくんってわけじゃないよね」

「当然」

「なんでよ。そっちはあたしの知ってるんだし、教えてくれてもいいじゃない。減るもんじゃなし」

「いや、減る。絶対減る」

「何が?」

「いろいろ」


 子供のいうことは、さっぱりわからない。


「でも、名前知らないと呼べないし、メアドも登録出来ないよ」

「いいよ、適当で。それじゃ、メール待ってるから」


 いいたいだけいって、彼は元気に帰っていった。

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