第4話 梅雨入り晴れ(ついりばれ)1

 月曜の放課後。

 SHRショートホームルームが終わると同時に、あたしは教室を飛び出した。

 6限の授業が長引いたせいで、もう3時半になってしまう。

 手には、カバンと紙袋。

 袋の中には、洗った青いジャンパーが入っている。

 こんなことならもう少し、時間に余裕持たせればよかった。

 急いで靴を替え、昇降口を出て、こないだと同じ夏空の下、道路を挟んでお隣の小学校を目指す。

 高校前の通い慣れた道を真っ直ぐ走り、彼と出会った先の角をいつもとは逆に右へ曲がると、小学校の校門が見える。

 そこにはすでに、待ち人の姿が。

 今日は、白っぽいシャツにライトブルーのデニム、それに赤いスニーカーで、前会ったときと、どことなく雰囲気が違う気がする。

 手ぶらなのは、一度家に帰ったからかな。


「ごめん、遅くなって」


 息を整えながら謝ると、彼は校舎の壁に付いた時計を指差す。

 つられて見ると、ちょうど3時半だ。

 えっ、ウソ。

 学校を出たとき、もう3時半になっていたのに。

 そんなに早く走れるわけない。


「あの時計5分遅れてんだ。オレ、あれで時間見てたから気にしなくていいよ。それに、約束は3時半だったから、5分くらい誤差の範疇はんちゅうだって」


 なんて大人な発言なの。

 お姉さん、少しきゅんとしちゃったわ。

 って、いけない。

 早く服、返さないと。

 あたしは紙袋を彼に差し出す。


「はい、これ。どうもありがとう。ちゃんと洗っておいたから」

「えっ、いいっていったのに。わざわざサンキュー」

「ううん、こっちこそありがとう。それじゃあ」


 用は済んだし、とっとと帰ろう。

 今ならまだ、いつもの電車に乗れるかも。


「待ってっ」


 歩き出そうとしたら、また、彼に呼び止められた。


「これから時間ある?」

「あるけど?」


 もう塾にも行ってないし、部活もバイトもしていない。

 実はものすごいヒマ人だ。


「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。行きたい店あんだけど、一人じゃ入りづらくって」


 ああ、あるよね、そういうの。

 あたしも、街中にあるちっちゃいお店とか、一人じゃ入れないもの。


「いいよ。付き合ってあげても」

「じゃあ、行こう。こっち」


 そうやって彼に連れて行かれたのは、住宅街の中にある可愛いケーキ屋さんだった。

 来るのははじめてだけど、名前には聞き覚えがある。

 確か、ワカちゃんがいってたお店だ。

 遠くからもお客さんが来るほどロールケーキが大人気の店で、小さいけど喫茶スペースもあって、そこで飲める紅茶もすごく美味しいから、期末が終わったら食べに行こうねって約束してた店。


「ここのロールケーキ、マジ美味いんだ。食ってかない? オレ、おごるし」

「は? いや、奢りなんて、そんな、いいって」


 小学生に奢ってもらう女子高生。

 ないわ。

 むしろ、逆でしょ。


「大丈夫っ。オレ、小遣い貰ったばっかだからお金あるし、水かけたおびと、コレ洗ってくれたお礼に」

「でも、上着だって貸してくれたんだし、そんなの別にいい――」

「いいんだ。オレの気持ちだから。どうしても気になんなら、今度なんか奢ってよ。あんたのオススメのヤツ」

「あ、うん。わかった」


 なんか思わず納得してしまったわ。

 なんなの、この子。

 決して図々しいわけでもないのに、むしろ気の回るいい子なのに、気が付くと彼のペースに巻き込まれてしまってる。

 そして、それがイヤじゃない。

 なんでだろう。

 店内は、平日だというのに、なかなかの混み具合だ。

 喫茶席はテーブルが3つしかないが、運良くすぐに座ることが出来た。

 好きなロールケーキ1切れと好きな紅茶一杯で税込500円。

 あたし的にはまあ安いと思うけど、彼には本当に大丈夫だろうか。

 あたしは、メニューを見る彼の様子を、こっそりうかがう。

 すると、あることに気付いてしまった。

 彼の名前すら知らないってことに。

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