日輪よその魂を抱いて

 彼の魔術は鎮魂歌レクイエム

 死せる魂を鎮める魔術を極めたのは、彼にとって、調査のためとは向かう深淵の魂を、鎮めてあげたいという思いから、体得した魔術だった。

 元々が音楽一家の生まれと言うこともあって、体得は難しくなかった。むしろ簡単で、彼の魔術は、深淵の生物とも呼べない黒い影、魂達に有効だった。

 その結果、魂を鎮めるはずの鎮魂歌は、いいのか悪いのか、魂を従え、演奏をさらに強力なものになった。

 その結果多くの魂を救い、従え、彼の名はその国に轟いた。

 その国がエタリア侵略を企んだ時点で、その人生は終えることとなるのだが、しかし彼の偉業は、その国で未だ轟いている。今はエタリア領となったその国で、声高らかに。

 そんな彼の魔術が、命を鎮めるための魔術が、命を称える曲を奏でたのは、間違いなく翔弓子しょうきゅうしから放たれる魔天使まてんしの太陽と比喩される魔力の熱源なのだが、しかしそれが影響しているとして、どう影響した結果そうなったのか、明晰めいせき召喚士しょうかんしでも理解ができなかった。

「負けない……負けません! これは、あの方の力です!」

 しかし知らなかった。

 魔天使の持つカリスマが、こうも天使の心に熱い炎として、宿っていることを。

 無論、魔天使の部下だった天使を母親に持っていた彼女の、特別な感情なのかもしれないが。

 しかし脳の抑制が働いていて、それでも誰かを尊敬し、敬愛することができるのだから、もしかして脳の抑制なんてものは、完全に働くことはないのかもしれない。

 もしも感情も記憶も思考も、すべて封じたとしたら、その人は果たして、生きていると言えるのか。

「なるほど君の言うことも理解できる。知恵を持った者の脳を完全に支配することなんて、できないのかもしれない。だけど、腹の底で何を思おうと、何を考えようと、それを表に出さなければ、関係はないけどね」

 曲は変わっても、オーケストラ演奏は裁定者の魔術。裁定者の能力を底上げし、深淵の魔力を宿すその魔術は、例え曲が翔弓子の持つ太陽を称えようとも、その本質は変わらない。

「さて、もう終わらせようか」

 しかしこれは、この首なしの騎士は終わりだね……念には念を入れて一二星座、最強の獅子座を喚ぶ準備をしておこうか。

「君の狙いはわからないけれど、君に死者の降臨なんて技術はないはずだ。なのに魔天使の死体が、どうして必要なんだい?」

「……あなたなら、すでにお気付きではないのですか」

「そうだね」

 それが合図だった。いや、合図という合図はなかったかもしれない。

 しかし裁定者が斬りかかって来たのと、翔弓子が弓を放ったのはまったくの同時で、打ち合わせたかのように同じだった。

 深淵をまとった裁定者が、翔弓子の燃え盛る火矢の弾幕を抜けてくる。裁定者は理性を失っていながら、防御に回していた魔力を捨て、攻撃する剣にのみ魔力を集中させるという術をもって、対抗してきた。

 二度三度、火矢を剣で撃ち落としてみせる。先ほどまでとは違うことを、翔弓子も察した。

 翔弓子は五本の矢を同時に番え、上向きに放つ。弧を描いて落ちる矢が裁定者に襲い掛かるものの、裁定者はそれを無視して突っ込んでいく。

 そして一気に肉薄、跳躍。剣を振りかぶって、死の力そのものを刃に乗せて叩きつける。

 大きな魔術でも何でもない。ただ斬られれば死ぬという効力が生じているだけの、魔剣と化した一撃が、翔弓子へと振り下ろされた。

 弓を使っていては確実に、防御など不可能な間合いと速度。翔弓子の死は、確実なものだった。彼女が弓を捨てなければ。

 彼女は弓を手放したかと思えば、即座に自分よりも膂力で勝る裁定者の、魔剣を持つ手を受け止めた。燃え盛る魔力で極限まで膂力を常勝させ、その力に張り合ってみせる。

 だが裁定者の方がやはり腕力で勝り、魔剣の魔力が翔弓子の髪の毛先を滅ぼしたその瞬間、翔弓子は裁定者の胸座を、炎が走る脚で蹴り上げた。

 自分の半分程度しかない身長の天使に蹴り上げられた裁定者に、翔弓子は肉薄。その胸座を殴り飛ばし、さらに飛ばされた裁定者に追いついてまた別の方向へと殴り飛ばす。

 その連続攻撃によって、裁定者が殴り飛ばされ続けた軌跡は、まるで彗星が流れたあとの尾のように残って、翔弓子の攻撃を召喚士に遅れて目で追わせる。

 そして最後の一撃で叩きつけると、裁定者の殴られた箇所のところどころが魔術陣を刻み、真白の炎で焼き尽くす。

 そして、翔弓子は攻撃の最中拾い上げていたのか、いつの間にか握り締めていた弓――六光環ティファレトの弦を引き絞っていた。

 真白の光と、真っ赤な灼熱で神々しく、猛々しく燃える一本の矢が、地に背を付けた裁定者に向かって、一直線に、走る。

 母の浄化と敬愛する天使の炎。二つの力を合わせた、これが彼女の――

「“光后朱雀ピロスヴェスティ”!!!」

 彼女は知らない。

 元は母の浄化魔術。敬愛する魔天使が自己流に改良を加え、現在の形にしたのが、“光后朱雀ピロスヴェスティ”である。

 故に彼女は母が作り上げ、魔天使が改良した魔術を、翔弓子は自己流にアレンジして進化させたのだが、彼女がそんな縁を知ることはなく、その奇縁であった魔天使の朱雀を見たとき、母の影を心の奥底で見ていたことも、彼女は気付くことはなかった。

 だが召喚士は見ていた。

 彼女の母の影。そして魔天使の影。

 時間を操り、さらに浄化の炎まで操る天使。魔力が少し少ないことを除けば、間違いなく熾天使階級へと上るだろう実力。

 天界に連れ帰り、脳の抑制を施して手中に収めたいと考えて――そっと、切り札である召喚獣召喚のための、魔力を解いた。

 本来の純白の翼と、燃え盛る炎の翼で飛ぶ翔弓子は、魔天使の遺体を抱き上げる。

 視線で召喚士に訴えて、召喚士から肩の力がフッと抜けたのを見て、即座に魔天使と共に、先の天使達が飛んでいった穴から飛んでいった。

 一人残った召喚士は、雪崩れ込んでくる髪を結界で防ぎながら、悠々と、その場で黄昏る。

 翔弓子と裁定者の戦いによって開いた穴から、蒼く広がる空を見て、吐息した。

「天使も心を持つ時代、か……あの子の力は、心がなければあそこまで至らなかった。力を持つ者だけが心を発するのではなく、心を持つことで皆が力強く生きられる国……なるほど、新しい国はそれがいい」

 召喚士はその場に座り込んで、清々しいくらいの笑顔で。

「やっぱり試して正解だったね。心の力、それを経て天界もまた……強く……」

 翔弓子が飛んで来たのは、天界の中枢。

 天界でもトップシークレットとなっている、知る者は代々玉座に座った者だけの代物が、収められている場所。

 誰も入ることを禁じられている場所だったからこそ、翔弓子はそこに降り立った。

 馬鹿馬鹿しいくらいに大きな装置の真ん中で、真白に輝く魔力の塊。その正体、その詳細を翔弓子は知り尽くしてはいなかったが、しかし一番大事な部分を知っていた。

 玉座に座った勝者に与えられる、万能の権能。本来は脳の抑制と洗脳が先んじて行われるため、誰も自分のために使わなかった極大魔術。

 名もない万能の権能。これまで八人の魔術師が手に入れて、誰も自分のためだけに使ってこなかったその代物を、翔弓子は今、使おうとしていた。

 魔天使の遺体はここで使う。

 自身の中で燃える魔天使の魔力を、そっと自身の手の中に掬い上げて、魔天使に魔術を刻む。魔天使の遺体を通して、目の前の極大魔術に干渉。その力を使おうと試みる。

 最愛の人の遺体を、そんなことで失う罪悪感を感じつつも、その指は止まらない。

 そしてすべての魔術式を書き終え、魔術を起動。魔天使の体は宙に浮き、極大魔術と呼応して光り輝く。

 そしてその体が赤く燃えると、その炎が翔弓子へと伸びて来て、彼女を極大魔術の光の中へといざなった。

 ネガイヲコウガイイ……ネガイヲ、ツタエルガイイ

 そう、極大魔術が訴えて来ているような感覚に溺れて、翔弓子は若干の緊張を感じる。

 しかしその肩に炎が触れて包み込むと、母の胸に抱かれているかのような安堵を得て、そして敬愛する人が側にいるような頼もしさを感じ、堂々と、胸を張って。

「私の願いを……この私の願いを、聞き届けて――!」

 次の瞬間、天界は消えた。

 崩壊し、地上にその欠片を落としていた天界が丸ごと消えるその様を、大陸に逃げた天使達は、驚愕の眼で仰いでいた。

 こうして第九次玉座いす取り戦争ゲーム、その終了過程をも終了して、天界という国を喪失し、幕を閉じた。


 ***戦争終結ゲームオーバー***

 ***勝者――なし***

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